生きて居ましたら、まだ三年や四年は生き延びただろうと思いますに付けても、私は姉夫婦を殺した強盗は同時に私の母の生命をも縮めて居ったのだと、思われずには居られませんでした。私は、名も知らぬ顔も知らぬその獣の如き人間に対して、更に倍加した憎悪と恨みとを持たずには居られませんでした。
母は、死際にまで姉の事を、クドクドと申して居りました。
「まあ可哀相な事じゃ。夫婦揃うて殺されるなんて、あの子はよっぽど不幸せな子じゃ」と申して泣くかと思いますと、
「えい憎い畜生め! ようもおとしを殺したな」と、申して怒り罵りました。そして、口癖のように、
「まだ捕まらんのかな。人を殺した人間が、大手を振って歩いて居るとは神さまも仏さまもないのかな」と恨んで居ましたが、又諦めたように、
「まあ! えいわ。あんな極悪な人間は、この世では捕まらんでも、死んだら地獄へ落ちるのじゃ。地獄で、ひどい目に逢うのじゃ」と、申して居りました。こうして、母は娘を殺された恨みと悲しみとに悶えながら、十二月の二十日でしたか、最愛の娘の後を追うて死んでしまいました。犯行の表面では姉夫婦だけが殺されたことになって居ますが、私は母もそ
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