家中の誰彼を掴《つかま》えてはモデルにしたもんだ。ふみの奴は音楽学校を出て西洋旅行をするなんていってた。二人共その方の腕前はいい加減なものらしかったがね。とにかくこんな具合じゃなかったよ。
知栄 この家にそんな時代があったなんて、信じられないわ、私には。
栄二 尤《もっと》も時代も変った。俺もその頃は中国へ渡って馬賊になるなんて大望を持ってたんだからな。
知栄 でも、叔父さまはとにかく中国へお行きになったんですもの、おじさまだけは初志を貫徹なすったわけでしょう。
栄二 さあ、果して、初志を貫徹したことになるかどうか、こりゃ怪しいがね。お父さんは今でも絵を画いているかね。
知栄 時々……思い出したようにジャガ芋や人蔘《にんじん》の絵を画いてらっしゃるわ。でも、別にそれが書きたいから書いてらっしゃるとは思われないわ。以前からの習慣をやめるほどの決心がつかないからしてらっしゃるとしか思えないわ。
栄二 ジャガ芋に人蔘か。……
知栄 叔父さまは、中国の何処にいらしたの。
栄二 う……ん。いろんな所にいたよ。初めは北京にいたが、近頃ではずっと上海《シャンハイ》にいた。その他|広東《カントン》にも
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