いたし、武昌《ブショウ》にも永くいたね。
知栄 そんなに方々廻って、一体何をしてらしたの。
栄二 そりゃ、いろんなことをしたよ。セメント会社の技師になったこともあるし、苦力《クーリー》みたいなことをしていたこともある。中国っていう所は不思議な所だからね。……ま。そういう話は、又のことにしよう。お父さんとお母さんの別居生活ってものは、長いのかい。
知栄 おじさまは、御自分のことは、ちっともお話しにならないで、うちのことばかりおききになるのね。
栄二 そういうわけじゃないがね、誰だって自分のことってものは厭になるほどわかっているからね、つい他のことに好奇心が働くんだろう。俺も久し振りに自分の家に戻って来て、本家の主人と主婦が別に暮らしているんじゃ、何処へゆっくり腰を落ちつけていいんだか見当がつかないからさ……。
知栄 私は生れた時からずうっとこの家にいるけれど、それでもゆっくりと腰を落ちつけてなんかいたことないわ。
栄二 君は、お父さんとお母さんと、何方《どっち》が好きなんだね。
知栄 わからないわ。お母さんと一緒にいる時はお父さまが可哀そうだし、お父さまと一緒にいる時はお母さまがお気の毒
前へ
次へ
全111ページ中74ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森本 薫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング