てみれば随分|莫迦《ばか》にされた気がするじゃないの。
精三 (怒って)お前は一体俺にどうしろというんだね。兄さんは自分の部屋に引こんでしまって出て来ない。総子さんは石みたいに黙りこくって、畳のへり[#「へり」に傍点]ばかりむしってる。猪瀬さんは不味《まず》そうに煙草ばかりすぱすぱやってる。一体俺に何が出来たというんだい。裸でステテコでも踊ってみせればよかったのかね、莫迦々々しい。俺は帰る。(プリプリして出て行く)
ふみ まあ。なんていいぐさをいうんでしょう。裸でステテコだなんて、どこであんな下品なことを憶えてくるんでしょうね。男ってほんとに勝手なものだわ。結婚するまではさんざん機嫌をとって、人の後からついて廻っておきながら一度一緒になってしまうと、とたんに威張り出すんですからね。二言目《ふたことめ》には大きな声を出して怒鳴るし。音楽に趣味なんて、とんでもない大嘘だわ。折角声楽のレッスンにだって通っておきながら元も子もなくしてしまったし、此頃じゃまるでピアノの蓋をとってみたことないんですもの。私の結婚ってほんとに考えてみると失敗だったわ。
けい (焦々して)失敗だの成功だの、そんなこと
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