…私を、この家のものになれと仰言しゃるのは伸太郎様の……。
しず そうですよ。お前はどうお考えだったの。
けい いいえ別に……。
しず 自分の子供のことを自分でいうのもおかしいけれどあの子は家庭の旦那様としては誰に比べても恥かしい人じゃないと思います。ただ人中へ出て激しい世の中を渡るのには何か欠けた、弱い所がある気がするのです。そこをお前に家の中から助けてやってほしいのです。
けい 困りますわ、そんなに……でも、伸太郎さまはお家のお仕事よりは、学校の先生のようなことの方が……。
しず 誰にだって自分一人の願いというものはあります。私だって子供は可愛いのです。子供のしたいようにさせてやりたい気持は誰にも負けません。けれどこれは私がさせるのではないのです。家がそうしろと命じるのです。わかりますか。
けい はい。でも私、奥さま……。
しず 子供に家を譲るということは、苗木を土地に植えつけるようなものです。親というものは取越し苦労なもので、添木《そえぎ》をしたり、つっかい棒をしたり。傍《はた》からみればそれほどまでにしなくともと思えることが親にとっては一生懸命なのですよ。わかってくれますね。
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