生日にこの家へ迷い込んで来たのも何かの縁だろうから、いっそ本当にこの家の人になったらば……。
けい まあ、奥さま、そんな、私……。
しず そりゃ、女にとっては一生の岐《わか》れ目《め》で、並大抵のことではないのだから気がすすまなければ無理にという性質のものではないのだけれど……。
けい いいえ。気がすすむとか、すすまないとか、そんなことは思ってもみません。私のような生れも育ちもわからないような人間がこちらのようなお宅に上るなんて怖いと思うだけで……。
しず 私は生れを貰うつもりはないのです。人がほしいのです。
けい 奥さまは……私が……ほんとに出来るとお思いになるのでしょうか、こんな、お家のいろんなことが……。
しず お前でなければ出来ないと、思っているくらいなのですよ。お前は気分もはきはきしているし、身体も丈夫だし、働きもので、おまけに店の仕事も随分面白がっているようだし、お前がやってくれれば私はどんなに安心して隠居が出来ると思うのです。私だっていつまでも生きているものじゃなし、伸太郎はあの気性で、あの子一人に何もかも委《まか》せるのはどう考えても無理だと思いますからね。
けい 伸…
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