けい はい。それはよくわかっております。けれど……。
しず お前は先刻、私の恩を忘れないといってくれましたね、だったらどうぞ、私のためにでも、このことを承知しておくれ。ね。
けい はい。(泣いている)
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間。
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しず ほほほ。なんでしょう。二人共泣いてしまったりして。さあもう、話はすみました。他の者が不思議に思うといけません。彼方《あっち》へ行きなさい。
けい はい。(行こうとする)
しず お待ちなさい。その顔じゃ却《かえ》って変に思われるかもしれない。私が先にゆきますから、少し此処にいて顔を直して行った方がいいでしょう。今の話は折を見て私から皆に話します。お前はそのつもりでさえいてくれればいいのですからね。じゃあ……(出て行く)
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間、単調なピアノの音。
けい、帯の間から先刻の櫛を出し、ちょっとの間みているが思いきってぽっきり二つに折り庭へ投げ出し入ってゆく。丁度庭の奥から出て来た章介の足許にそれが落ち、章介はそれを手に
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