すえ》のことを考えて眠れない事もありますよ。あらいやだ、暫く人とおしゃべりをしないもんだから、すっかりいろんな事をしゃべってしまって……。(立ち上って)どら、そろそろ寝るとしようか。御免なさい。
栄二 おやすみなさい。すみませんね引き止めてしまって。
けい いいえ、どうせ何時にねて何時に起きるという身分じゃないんですから。(小屋の後へ廻って戸の様なものをさげて来る。口の中で切れ切れに歌う)かき流せる……筆のあやに……そめし紫色あせじ。(明治二十三年発行小学唱歌集中、才女)
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煙草を消して行きかけていた栄二がその声を聞いて立ち止る。
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栄二 あの。
けい (歌をやめて)何か。
栄二 今の其の歌は。
けい ふふふふ。何でしょう、今頃こんな歌を思い出すなんて、ずっと昔私が未だ子供の時分に聞きおぼえて未だに忘れないでいるたった一つの歌なんですよ。(そう言って入って行こうとする)
栄二 おけいさん。
けい え。
栄二 (それにはかまわず)するとやっぱりここがあの家だったんだ。そう
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