言えば変り果てた中にも思いだすいろんなものがある。このくつぬぎ石は廻縁《まわりえん》から庭へ出る時何時も踏んづけたものだった。丸坊主になった松の枝ぶりにもくずれた土蔵の面影にも見おぼえがある。ああ、この石燈籠だけは昔のままだ。するとあの辺に兄貴の部屋があって其の隣が私の部屋だったのだ。そこから廻縁を通ってここにあの部屋があった。おけいさん、貴女《あなた》が初めてこの家へ入って来たあの部屋があったのだ。
けい (一、二歩栄二に近づいて殆《ほと》んど息を呑むように)あなたは……栄二さん。
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[#地から1字上げ](早い溶暗)
第一幕の二
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明治三十八年正月の夜。
[#地から1字上げ](溶明)
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堤家の庭に面した座敷。
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外の方で「敵は幾万」と軍歌の声。時々万歳々々の叫び声がつづく。ちょっとした間があって、栄二(次男十九歳)ふみ(次女十六歳)「敵は幾万……」と合唱しながらどんどん入ってくる。
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ふみ みんなすっかり夢中の
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