すね。(しゃがんでしまう)
栄二 奥さんは一人でここにお住いなんですか。
けい ええ、泥棒が入ったって取られる物は焼けちまってないし、この年寄をどうしようと言う人もないでしょうし、結局気楽な一人住いです。
栄二 お身寄りの方はないんですか。
けい いいえ、身寄りがないことはありません。土浦の方で、農場をやっている姉妹もいますし、京都で商業をやっている姉妹もいて、東京を引き上げて来い来いとやかましく言ってはくれるんですが今更気がねをしながら他人の世話になる気もしませんし、やっぱり長い間住みなれた処と言うものはこんなになっても離れられないんですよ。
栄二 そういうものですかね。
けい それに娘と孫を諏訪の方に疎開させてあるんです。どうせ都会育ちの娘達が田舎に何時《いつ》までも落ちつけるものでもなし、何時になるか分りませんが其の連中の帰って来る日の為にもと思ってこんな処に根を下しているんです。
栄二 そりゃなかなか大変ですね。併《しか》しこの見渡す限りの焼跡での一人住いじゃ随分心細い様なこともあるでしょうなあ。
けい それはね……強い様なことを言っても女ですもの、過ぎて来た日の事や行末《ゆく
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