怪しいものだよ。ひとつの国の言葉がわかるということは、実はその国の文明と人間の特質を会得《えとく》するということなのだもの。
けい なんですか、そんなむずかしいことは私にはわかりませんわ。お商売をなさるのにそんなこと迄お考えになるのですか。
伸太郎 僕は、取引の役に立たせるために清国語の勉強をさせられたのだが、言葉の勉強が進むにつれて自分が商売にかけてはさっぱり役に立たない人間らしいということがわかってきて困るんだよ。三国志も水滸伝も僕にとってはもう手離すことの出来ないものだし、八大山人《はちだいさんじん》や石濤《せきとう》の絵についてなら幾らでも話すことがありそうな気がするが、種粕の相場や綿花の収穫については何の意見も方針もない。
けい 私は、こちらのようなお仕事、何だか大変面白そうで先のたのしみもある気がしますわ。この間、栄二さまに波止場へ連れて行っていただきましたの。船から荷物がどんどん積みおろされる所や、引渡しの立合の目の廻るような忙《いそがし》さや今迄みたこともない税関の交渉なんか、何もかも生き生きしていて、頭の中へ涼しい風が吹きこんでくるようでしたわ。
伸太郎 女のお前がな
前へ
次へ
全111ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森本 薫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング