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[#地から2字上げ]幕

     第二幕

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明治四十二年春。

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座敷はすっかり日本間になっている。桃割に結った、けいが、縁の拭き掃除をしている。縁の所に伸太郎がしゃがんで画帖をひろげ、花か何かを写生している。
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伸太郎 (それが癖の静かな調子で)われわれは小さい時から漢字というものを習ってきている。同じ漢字を使った清国の文章くらいわけなく読めると、普通に思っているらしいけれど、清国人とつき合う上で一番むずかしいことはこの同じ文字を使っているということなのだよ。同じ日本語を話していても僕の家とお前の家とじゃ、随分家の風も人間の気質も違うように、日本語と清国語とでは言葉の順序もその成立ちもまるで違うのだからね。
けい でも、こちらのようにいつも清国の人とお取引をなすっていらっしゃれば、向うの言葉もよくおわかりになるんでしょう。
伸太郎 さあ、取引ということは結局お互に自分に必要な用だけを足すことだからね。用事が足りたから言葉が分るか、といえばそれはどうだか
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