んだってあの騒々しい岸壁の景色にわくわくするのか、僕にはわからないなあ。
けい 岸壁の景色ばかりじゃありませんわ。私はお商売の電信を打ちに行ったり、銀行の交換所へ出かけたりすることも大好きですわ。みるもの聞くものが珍らしいせいかもしれません。私はお茶っぴいだからそういう男らしい仕事の方が好きなんですわ、きっと。
伸太郎 僕にはどっちかといえば学校の教師のような仕事がむいているようだ。日本人の生徒に清国語を教えるようなことでもいいし、清国人の子供を集めて日本語や日本の絵の話をしてやるような仕事でもいい。そういう仕事なら僕もほんとにたのしみな気がするのだが……。
総子の声 けいちゃん。けい!
けい はーい。
総子 (出て来て)けいちゃん、お前すまないけれどこれ千駄木の叔父さまの湯上りと肌着、明日|要《い》るかもしれないのだから今日中洗っておいて頂戴な。肌着の方は手をかけなくちゃいけないかもしれないから今夜にでもちょっとね。
けい はい。
伸太郎 (総子に)自分の頼まれた仕事を他人におしつけちゃいかんね。
総子 だって私、これから精三さんの所へ行こうと思ってた所なんですもの。叔父様ったら明日
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