子さんみたいに欧州へ留学させて戴くつもりだわ。そうしたら、叔父さまも荷物持ちくらいに連れて行って上げるわ。
章介 やれやれ。有難い仕合せだが、それ迄俺が生きているかどうか。
ふみ まあにくらしい。(打つ)
しず さあさあ、そんなに大騒ぎしないで、向うへ行きましょう。
伸太郎 それじゃひとつ、ふみ子の歌でも拝聴するか。
章介 結構だね。俺もヨーロッパ見物が出来るかどうかの境目だから。
ふみ だめよ。叔父さまなんかにはもう聞かせないのだから。
章介 はあ。さては大きな口をきいて、少し心配になってきたか。
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皆さざめきながら入る。その人々を見送るように庭の石燈籠の影から下げ髪に三尺帯の布引けい、姿をみせ縁の所にちょっとの間立っているが人の気配にすぐ引込む。ふみがばたばたと引き返してきて壁際の戸棚をかき廻して楽譜を持ち出て行く。やや遠くで拍手の音。やがてふみの歌う声。かき流せる筆のあやに……そめし紫……けい、又出て来る。珍しそうに、そろそろと座敷に上りこむ。肖像画の前に立ってみたり、炉の方へ行ってみたりするが先刻栄二が母に贈った櫛が卓の上において
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