ける様にして出たきりだし、結婚する時だって前もってお前に一言了解を得たと言うわけでもなし、一緒に住んでいる俺でさえ事後承諾の形で、一時は憤慨したくらいだ。お前にしてみれば一人娘の婿だからいろいろ希望もあった事だろう計画もあった事だろう、店の仕事を継いで行く者の事も考えただろうし。
けい 私も一時はいろいろ考えた事もございますが、今頃までそんな事をおぼえては居りません。総《すべ》ての事が斯《こ》うなったのも、こうなるより外に仕方がなかったのだろうと思っています。商売の事も今度の戦争のおさまり次第でどうなるか分ったものじゃありません。結局白紙にもどって第一歩から出なおさなくちゃならないとすれば、後を継ぐ者などなかった方が却って良かったのかもしれないと思っています。
伸太郎 どうもお前の諦めのいいのには驚かされる。
けい ……、そのお蔭で廻りの人からすっかり捨てられてしまいました。
伸太郎 俺達俗人にとってはえらすぎるんだなお前は。
けい そんなひどい。
伸太郎 (真面目くさって)いや。ほんとだよ。うん。
けい (噴き出してしまって)まあ、真面目くさって何でしょう。
伸太郎 (ますます真面目
前へ 次へ
全111ページ中101ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森本 薫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング