り]
昌允 どうしたんです。
鉄風 どうもしやしないさ、別に……。
未納 ほんと、その話。
昌允 ほんとだろう、自分で、そ言ってる以上は。
未納 あーあ。やっぱり、妾、どうしても駄目なんだわ。やっと喜びかけると、又ペシャンコだ。
昌允 お前と俺とは、どうやら揃いの籤《くじ》を掴んでいるようだな。いくら兄妹だと言って、あんまり有難くない一対だよ。
未納 ほんとだわ。妾が、お兄さんに似ているのかしら、お兄さんの方が妾に似ているのかしら……。
鉄風 どうも、話の筋道がわからんね。
諏訪 妾には、尚更、わからないわ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] (自信なく)厭だわ……妾……そう言うこと……。
昌允 どうしてさ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] どうしてでも……。
未納 お姉さんは、昌允さんが好きになっちゃったもんだから……。
鉄風 (苦しい咳払い)このことは……全然問題を含まないというわけじゃァないが……事実を有りの儘に言うとそのとおりなんだ。
昌允 どう言うことです、それは。少々手遅れみたような話だが……よくわからない。
未納 お兄さんの、気持やなんかが、判然してくると美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]姉さんも……あなたがいい人だって気がして来たんだって……。
昌允 しかし、美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]さんは須貝さんを好きな筈じゃないか。尠《すくな》くとも俺よりは……。
未納 それは、お兄さんのことを知らなかったからよ。事情が違うのよ、今とは。
昌允 お前の言ってることは、はっきりしないぞ、事情は、以前だって今だって同じ事情だ。俺は別に、判然してもいないし、隠しても……、ははあ、貴様……。
[#ここから3字下げ]
未納、壁際の方へ動く。
[#ここで字下げ終わり]
昌允 (未納を追って行って)怪《け》しからん奴だ。貴様と言う奴は……。先刻俺になんて言った。須貝さんをお前に牽制させといて俺がうまいことしようと思ってると言ったじゃないか、その尻から……実に怪しからん奴だ……。そう言う暗中飛躍を……。(未納を壁際へ押しつける)
未納 あらあらそうじゃないんだったら、痛いじゃないの、蓄音機が駄目じゃないか。お父さん!
[#ここから3字下げ]
鉄風、やれやれと云う形。
昌允、手を離す。
[#ここで字下げ終わり]
未納 乱暴だわ。息が詰るじゃないの。
昌允 その方が余計なこと喋らなくっていいだろう。
未納 妾は、そんなつもりじゃなかったのよ。妾はもう、とても駄目だと思って観念してたんだわ。
昌允 それだったらそれでいいじゃないか。
未納 でもお兄さんのことだって、一遍は言っといたげようと思っただけよ。その他のことなんて考えてやしなかった。
昌允 そうすると、俺は……お前に礼を言わなくちゃァならないことになるのか。
未納 首を締めるほどのことじゃないと思うわ、兎に角。
昌允 しかし美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]さん、も少し考えた方がいいと思うね、これは。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] ――。
昌允 一時の気持の動きだけで、こんなことをきめると、後で困るのは自分だけだよ。僕にしたって後悔されるよりは今のままの方が、結局いいからね。それに……僕の方ではもう……気持の上では、ある区切りまで来てるんだから……。(くしゃみ)あなたは、自分の、好きなことを……。
[#ここから3字下げ]
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]、黙って唇を噛んでいる。
[#ここで字下げ終わり]
未納 (呟くように)妾は、今日何てへまばかり、やってるんだろう。言うことすることみんな的が外《はず》れてるんだもの、いっそおかしいくらいだわ。自分独りで悲しんだり、喜んだりして……。
諏訪 妾、もう黙っていられないわ。こんな面倒なことって、一体誰から起ったことなの。みんな須貝さんからでしょう。あなた、もうあの人にこの家を出て戴きましょう。
鉄風 しかし、俺が考えるには、この問題は別に、須貝の方で不都合《ふつごう》な点は無いように思うがね。問題を面倒にしているのは、主として家の連中じゃァないのかい。
諏訪 あなたのように落ちつき返っていちゃ、何だって誰にだって罪も責任も起りゃしないわ。だって須貝さんさえ居なかったら、何もこんないろんな面倒なことは起りようがないじゃありませんか。
鉄風 しかし、事実は須貝はいたんだし、いろんな面倒なことは起ってしまったのだ。そう言う意味で須貝の責任を問うと言うことになると、ただ、須貝がこの世に生れたと言うことがいかんということになる。人間は誰だってこの世に生れたと言うだけの理由で非難をされる責任は無いさ。
諏訪 あなたの演説なんか妾は聴きゃしないのよ。妾は、どうしてもあの人に出て行って貰うのよ。妾はもう、あの人を信用することは出来ないんだわ。あなた方もそうよ。あなた方の中、誰があの人を愛して、誰があの人を信用したって、母さんはもう、あの人を信用することは出来ないのよ。あの人は軽薄で、嘘つきで、浮気者で、信用のない兵六玉《ひょうろくだま》よ。
鉄風 中々見事な弁舌だ。しかし、例えばあの人間を此処の家から出て貰うとしてもだね、どう言う理由で出て貰うんだね。まさか俺の娘が二人とも君を愛している、そういう状態では家庭の平均が保てんから出て行って呉れ、そう言うわけにも行かんだろう。それに、もともと俺にしたって、君にしたって、二人の中どちらかは須貝に貰って貰うつもりでいたんだろう。
諏訪 二人の中一人ですわ。二人共じゃありませんのよ。それも、うまく行った場合の話じゃありませんか。今の場合はちっとも家ん中がうまく行ってやしないわ。妾は未納をと思っているのに、須貝さんは美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]を欲しいと言う。その美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]を昌さんが愛しているんだと言う。おまけに三人が三人で、いろんなことを……妾達にはとても、わかんないようなことを考えたり、したりしてるんだわ。妾には我慢がならないわ、こんなこと。
鉄風 一体、これは家の若い連中がいかんよ。大体お前達は物事を慎重に取扱い過ぎるのかね。それともあんまり不真面目に見過ぎているのかね。お前達の行動は実に不可解だ。不可解極まる。まるで、相手の先手を打つことばかりに苦心しているようじゃないか。
未納 妾達不真面目じゃないわ。妾だって物事を考えないでする方じゃないのよ。ただ結果の方が妾達より先回りしてばかりいるんだわ。妾だって困るわ。こんなんなら、始めから何にもしなかった方がずっと、気が楽で愉《たの》しかったのよ。
鉄風 一体若い者って言うものは、物事をするのに、もっと情熱と誠意がなければ、いかんよ。お前達にはそれがない。若い者にあるべき新鮮さ、熱情、烈しさ、懸命さ、そう言うものがない。それでいて、一通り心得たような顔つきをしているのはどういうものかね。
昌允 と言ったところで、僕達にはお父さんみたように、美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]のお母さんと、いきなり結婚して僕達を面喰わせたり、五十を越してからでも、相変らず情熱と誠意を以て泪《なみだ》の名画を拵《こしら》えて、大向うを退屈させたりする芸当は出来やしませんよ。
鉄風 俺は、親子がそう言う争いをすることは好まない。だが、若し俺と諏訪とが一緒になる前に、お前が美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]を何とか思っていたとしたら、それを前以て明にすべきだったんじゃないかね。それというのも、お前達の徒《いたずら》なる狐疑逡巡《こぎしゅんじゅん》の為《な》す所じゃないか。
諏訪 もうお願いだから、そんなことで喧嘩なんかしないで下さいな。妾が言ってるのは、そんなこととは何の関係もないことです。話は簡単です。須貝さんにこの家から出て行って貰うということだけよ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] だって母さん。それは、お気の毒だわ。あの人は、何にも御存じないことだもの、だから、こんなこと、みんな、なかったことにしといたらそれでいいでしょ。ねえ。
鉄風 兎に角、俺は今須貝を放逐する気にはなれんよ。俺は長い間かかって彼奴を一人前の技術家にしてやった。これからというところで、こんな風な出来事で手放して了うのはあんまり惜しい気がするんだ。
昌允 それは惜しい惜しくないに拘《かかわ》らず、今の場合須貝さんに、この家を出て行って呉れというのは少し無法でしょう。お父さん達の料簡《りょうけん》では、未納か美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]か、どっちかをあの人に呉れてやるつもりだった。ところが須貝さんは美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]を選んだ。その他の事はあの人には関係の無いことですよ。
諏訪 いいえ、あの人に関係の無いことでも、妾達の家庭には大きな関係のあることだわ。そして妾達にとっては、妾達の家が一番大事な問題なんですからね。他の事柄こそ、それに比べれば小さいことだわ。
未納 でも母さん、須貝さんは明日っから、始めて一本でお仕事なさるんでしょう。それだのに、今出て行って貰うなんて非道《ひど》いわ。そんなこと出来ないわ。
諏訪 あなた達、みんな妾に反対なんですね、いいわ、それでも妾は出て行って貰います。妾ひとりで、このことはやってみせます。(鉄風が何か云いかけるのを押えて)いいえ、あなただって、妾が此処に(胸を押えて)持っている、一つの理由をお聞きになったら、きっと妾の考えを当然だとお思いになってよ。妾の処置を有難がって下さる筈だわ。……さあ。今度こそ、お部屋へ行って休みましょう……。(二階へ上って行く。階段を、上り切った所で振り返り)あの人は、先刻この家を出て行く前にそう言ったのよ。自分は今の所誰とも結婚したくない。そう言うことを考えてみたくない。その理由はあなただって。妾だって……。(去る)
[#下げて地より2字あきで]――早い幕――

        三

[#ここから3字下げ]
情景は前景と同じ。

鉄風、諏訪、昌允、美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]、未納。
[#ここで字下げ終わり]
鉄風 兎に角、俺は今須貝を放逐する気にはなれんよ。俺は長い間かかって彼奴を一人前の技術家にしてやった。これからというところで、こんな風な出来事で手放して了うのはあんまり惜しい気がするんだ。
昌允 それは惜しい惜しくないに拘らず、今の場合須貝さんに、この家を出て行って呉れというのは少し無法でしょう。お父さん達の料簡では、未納か美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]か、どっちかをあの人に呉れてやるつもりだった。ところが須貝さんは美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]を選んだ。その他の事はあの人には関係の無いことですよ。
諏訪 いいえ、あの人に関係の無いことでも、妾達の家庭には大きな関係のあることだわ。そして妾達にとっては、妾達の家が一番大事な問題なんですからね。他の事柄こそ、それに比べれば小さいことだわ。
未納 でも母さん、須貝さんは明日っから、初めて一本でお仕事なさるんでしょう。それだのに、今出て行って貰うなんて非道《ひど》いわ。そんなこと出来ないわ。
諏訪 あなた達、みんな妾に反対なんですね、いいわ、それでも妾は出て行って貰います。妾ひとりで、このことはやってみせます。(鉄風が何か云いかけるのを押えて)いいえ、あなただって、妾が此処に(胸を押えて)持っている、一つの理由をお聞きになったら、きっと妾の考えを当然だとお思いになってよ。妾の処置を有難がって下さる筈だわ。……さあ。今度こそ、お部屋へ行って休みましょう……。(二階へ上って行く。階段を、上り切った所で振り返り)あの人は、先刻この家を出て行く前にそう言ったのよ。自分は今の所誰とも結婚したくない。そう言うことを考えてみたくない。その理由はあな
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