妾、須貝さんは、好きは好きだけど、お姉さんだってあの人好きなんだし、お姉さんと競争したって、とても勝てそうにもないから、もう止めにしちゃった。奥さんになるんなら、お姉さんの方がうまいことやれそうだわ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 未納ちゃん、あなたは間違ってるわ。妾はまるで、そんなこと……。
未納 考え違いしないでね。悔《くや》しいけど、妾は止めた。どうせ駄目だと思ったら妾は、さっさと引込むのよ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 妾は未納ちゃんと須貝さんとだったら丁度、いいと思ってたくらいだわ、今も、だから、そんなことは言わないで……。
未納 ありがと、でも、もういいわ。妾は、私でなければ生きて行けないって人を待ってるの。
鉄風 当節一寸難しい注文だな。しかし、お前に言っとくが、美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]姉さんは、昌允が好きなんだって言ってるが。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] (うなずく)
未納 (いきなり美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]の頬を打つ)嘘被仰い。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] ひどいわ。
未納 美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]さん。美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]って呼ぶわよ。あなたは、妾と同い年よ。お姉さんなんかじゃないの。
鉄風 どちらでもいいことだよ、そういうことは。静かに話をしろ、昂奮しちゃいかん。(諏訪に救を求めて)おい……。(諏訪ぼんやりして応えない)
未納 妾は、お兄さんがあんたを好きだって、さっき言ったけれど、あれはただ、ほんとのことをそのまま言っただけよ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] だから、そうよ。妾はほんとの話だと思って聴いたのよ。それでいいじゃない。
未納 嘘々。そう思って聴いただけじゃないわ。妾は……他人から恩を着せられるの大嫌い。憶えてて頂戴!
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 何言ってるのよ。何のこと、それ。妾にはわからないわ。
未納 そんなとぼけた顔しないで頂戴。ほんとに、わけがわからない時にする顔よ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] だって……妾には、何のことだかさっぱり分らないんだもの……無理だわ、そんなこと言って……。
未納 もう沢山々々。そんなつまらない真似なんか止しましょう。兎に角妾達姉妹なんだものね。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 未納ちゃん!
未納 なによう。妾はお姉さんの、その分別臭いところが嫌いなの、よくって……。いいからお姉さん振るのは止して頂戴。第一不愉快だわ。あなたが須貝さんを好きなのはよく分ってるのよ。お兄さんだって、そ言ってるわ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 未納ちゃん! ちょっとお聞きなさいな!
諏訪 (やり切れない)二人共何うしたと言うの。そんなことで喧嘩したって駄目よ。あなた方二人で幾ら言い合ったって何にもなりゃしないわよ、そんなこと……。ああ。
未納 黙っててよ、一寸の間。母さん達には分らない話よ。
鉄風 黙っているのはいいが、暴力を振うのは宜《よろ》しくない。でもこりゃァ、大変なことになって来たな。
諏訪 妾、なんだか、わけがわからなくなって、来そうだわ。
未納 お姉さん、はっきりしときましょう、その方がいいと思わなくって?
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] ええ、そう思うわ、妾も。
鉄風 まあ、坐ったら何うだ。
[#ここから3字下げ]
二人坐る。
[#ここで字下げ終わり]
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] それは、未納ちゃんに、そう言われると、妾がいけなかったかもしれないけれど……。妾の気持がどうでも……須貝さんは妾のことなんかまるで考えていないんだわ。
未納 でも、好意を持ってることは、確かよ。妾わかってるわ。
諏訪 (意味なく)そう。そりゃ、分らないわ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 妾には分ってるわ。あの人、妾なんか好きじゃないのよ。
未納 そんなこと言い出すと……。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] あなたとは、仲良しじゃないの、誰がみたってそうみえると思うわ。
未納 遊ぶだけだわ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 妾は、遊んだこともないわ。
鉄風 それは美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]の言うとおりだ。
未納 いいからお父さん、一寸の間黙ってらっしゃい。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 妾は、お兄さんのことは、ちっとも気がつかなかったのよ。妾の方じゃ兄妹だと思っていたから平気でいられたのね。恥ずかしいわ。我儘ばかり言ってたわ。
諏訪 そんなことないわ。母さんが保証してよ。
鉄風 ほんとに問題はないかね。これは……。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 未納ちゃんからそう言われてみると、お兄さんが妾によくして下すったことが、一つ一つ胸に思い当って来たわ、ほんとに妾いけなかったと思うの。
未納 それはそうだわ。お兄さんは不器《ぶき》っちょだけど、あれで、いろいろ気をつかってはいるんだわ。だあれも、それを感じて上げないんだもの。
鉄風 生意気を言うな。すると、この問題は昌允から出てるんだな、そいつは一向気がつかなかった。
諏訪 妾、言ったでしょ、何かあるに違いないって。
鉄風 しかし君は、事態がこうだとは言わなかったよ。
諏訪 そんなこと、誰にだってわかりゃしないわ。
鉄風 何か、か。それだけじゃ、分っていたとは言えんよ。
未納 そいじゃァ、お姉さん本当なの、それ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] ええ、妾ね、以前は少し怖かったのよ。だけど、もう怖くなくなったわ。あの人はいろんないいところがあるのよ。そりゃァ……。
未納 (機嫌が直っている)現金だわ、お姉さん現金よ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] ええ、そう。妾、自分でもそう思ってるの……(両手で頬を押える)可笑しいわね。
未納 まあまあだ。お父さん、どう。構わないでしょ。
鉄風 何とも言えん。母さんと相談してくれ。
諏訪 妾にはわからないわ。あなたが始めに口を切ったことよ。あなたがいいように、して上げて下さい。
鉄風 何も俺一人に委《まか》せることはないさ。君の考えも聴こうじゃないか。
諏訪 考えなんかありません。いろんなことが、一度に起っちゃったものだから、妾、頭ん中が滅茶々々よ。明日が心配だわ。あなたがやって下さい。
鉄風 俺にだって一向名案も浮ばない。兄と妹とが愛し合うということは、世間の手前、どう言うことになるのかね。
昌允 (川原から)未納そこに居ないか?
[#ここから3字下げ]
間。
[#ここで字下げ終わり]
昌允 (外で)美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]さん!
[#ここから3字下げ]
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]、立ち上って窓の所へ行く。
[#ここで字下げ終わり]
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] どうなすったの、裸なんかになって。
[#ここから3字下げ]
未納、美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]の傍へ行く。
[#ここで字下げ終わり]
未納 泳いで来たのね。
昌允 身体を拭くものを出して呉れ。濡れてるんだ。
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美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]、奥へ行く。
[#ここで字下げ終わり]
鉄風 泳ぐのは少し早くないかな。
未納 一寸、寒いかもしれないわね。早く、上ってらっしゃい。いいこと教えて上げてよ。
鉄風 無鉄砲なことをする奴だ。
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美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]、タオルを持って出てくる。
[#ここで字下げ終わり]
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 抛《ほう》ってよ、よくって。
鉄風 (諏訪に)少し休んでみちゃァどうだ。横になってみた方がいいかもしれないよ。
諏訪 ええ。妾の部屋、西日が這入るものでこれからひとっ時、困るわ。(立上る)
鉄風 だったら、俺の部屋を提供するさ。
諏訪 ありがと、そうして戴こうかしら。
[#ここから3字下げ]
昌允。
[#ここで字下げ終わり]
昌允 母さん、何か用ですか、早く帰れって。
諏訪 いいえ、別に、どうして?
昌允 須貝さんに言伝《ことづて》なすったんじゃないんですか。
諏訪 ああ、別に用はなかったんだけど、早く御飯にしようかと思って……。
昌允 なんだ。
未納 一緒に泳いでたの、あの人。
昌允 いや、あの人は、撮影所へ行ったよ。
鉄風 宣伝を聞いてすぐ帰ったわけじゃないんだな、すると。
昌允 どうせなんでもないんだろうと思って……。
鉄風 そういう奴だ、いざと言う時の間には会わんよ、お前は。
未納 お兄さん、お兄さん。
昌允 なんだ、忙しい奴だな。
未納 忙しいわけよ。わかってて。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 未納ちゃん! (未納の手を取る)
未納 (それを振り払って)いいじゃないの。お兄さんったら、そんな難しい顔をしたって駄目よ、後で恥しがったってきかないわよ。
昌允 なんのことだ。だらしのない顔をするな。
鉄風 未納、余計な世話は焼かない方がいいぞ。
未納 いいわよ、余計なお世話なんかじゃないわ。妾も、やっぱり嬉しいのよ。ほんとに、一番嬉しいのは妾かもしれないのよ。
昌允 (くしゃみをする)畜生。(もう一つ)
諏訪 今頃泳いだりなんかするからよ。
昌允 少し、冷たかったかな。中学生が二、三人、やってるもんだから。大丈夫だと思って入ってやったんだが……。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 夏の風邪は癒《なお》り難いのよ、ほんとに……。
未納 お兄さん、美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]姉さんね。
[#ここから3字下げ]
須貝。
[#ここで字下げ終わり]
須貝 (一寸うろうろして)やあ、家族会議?
未納 重大問題よ。
須貝 へえ……。(行こうとする)
鉄風 須貝君!
須貝 は!
鉄風 う。いや、別に何でもないんだが、後で一寸話したいことがあるんだが……。
須貝 承知しました。僕も一寸、先生にお話したいことがありますので……。(もじもじしている)
諏訪 あの……どうでした、道具の都合は?
須貝 ああ。撮影所へは行かなかったんです。(去る)
諏訪 あなた、何を言うつもりだったの。
鉄風 そりゃ君、この際何か言う必要があると思ったのさ。
諏訪 だったら、どうしてお言いにならなかったの。
鉄風 だって、一体何う言ったらいいんだい?
未納 厭だわ、お父さん。
鉄風 俺だって厭だよ、だが、向うでも何か言うことがあると言ってる。
諏訪 あなたが思わせ振りをなさるからよ。
鉄風 それだけのものかな。
諏訪 そんなことわからないわ、須貝さんに訊いてみなきゃ。
昌允 僕は知っていますよ、その話は。
鉄風 ふむ。お前には前以《まえも》って話しているのか。
昌允 前以ってと言うわけじゃないでしょう。今の先、道の端で立話に聴いたばかりですよ。
諏訪 何のこと。
昌允 自分で言うと言ってるじゃないですか。
未納 何? 聞きたいじゃないの、だって……。
昌允 言ってもいいさ。だが、お前は聞かない方がいいぞ。
未納 あら、どうして……。
昌允 お前のがっかりする話だ。お前にも俺にも、あんまり嬉しくない話だ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] お兄さん、何言ってるの。おかしな話ね。
昌允 美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]さん、須貝さんは君と結婚したいと言ってるんだが……。
[#ここから3字下げ]
一同に軽い動揺。
[#ここで字下げ終わ
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