華々しき一族
森本薫

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)昌允《まさたね》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)一晩|睡《ねむ》ると

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(例)※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11、18−下−6]
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[#台詞はすべて、折り返し2行目から、天より1字下げ]

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 人
鉄風
諏訪
昌允《まさたね》
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11、18−下−6]《みよ》
未納《みな》
須貝
[#ここで字下げ終わり]

       一

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川に臨んだコテージ風の住居の一部分。川を見下ろし、二階への階段をもつ。
六月の末、その晴れた一日、午後四時過ぎ。須貝、未納、二人共軽装。
[#ここで字下げ終わり]
須貝 (椅子に掛けて、ラケットをいじくりながら)兎《と》に角《かく》、一遍でいい、陽に向って勝負をしたまえ、それから、あなたの打ったような球を留めてみ給え、それからの話だ。
未納 だって、勝とうと思ったら、誰だって……難しい球打つわよ。
須貝 僕があんなボールを打てないと思ったら間違いだぜ。わざっと打たないだけの話さ。
未納 (窓の傍で)御覧なさい。須貝さん。
須貝 何が見えます。
未納 そんなところで、何か言ってないでさァ。
須貝 言い給え。
未納 用心深いのね。
須貝 猫がいる! それとも犬か?
未納 お洗濯の連中よ、また引っ張られてくらしい。
須貝 珍らしくもない。
未納 珍らしいものなんて、言ってやしないわ。
須貝 一晩|睡《ねむ》ると、また、バケツを提げて集って来るよ、きっと。
未納 ああ言うのは、仕方がないのね。
須貝 連れてく方でも持てあましてるんだろう。
未納 直ぐ還して貰えるもんで、馴れっこになってるんだわ。
須貝 尤《もっと》も、有り余ってる水だから、洗濯もしてみたくなるか。どうだろう、あの川、泳げるかしら。
未納 泳ぐつもり? 須貝さん。
須貝 風致保存区域だって、泳ぐぶんには差支《さしつか》えないだろうな。
未納 連れてかれてよ。構わない。
須貝 風致を害するか。
未納 洗濯どころじゃない。
須貝 近代的な景色でいいと思うがな。
未納 グロテスク……。
須貝 なに? はっきり聞こえなかった。
未納 暑いなあ、今日は……。
須貝 今のをもう一度言ってほしいな。
未納 暑い……。
須貝 その前の奴《やつ》さ。
未納 如何《いかが》、もう、ワン・ゲエム。
須貝 まあ、止めとこう。うまく、誤魔化しやがった。
未納 折角《せっかく》の日曜日だのに……ぼんやりしてちゃ、つまんないわ。
須貝 あなたに、日曜日の意味があるのかい。何時《いつ》だって日曜日じゃないか。
未納 負けるからね。そうでしょう。
須貝 言っとくさ、部屋ん中だからね。此の暑いのに……どうも、子供のお相手は……。
未納 子供じゃないわ。
須貝 慍《おこ》らなくったっていいさ。
未納 昨日も約束したでしょう。
須貝 ああ、そうかそうか。思い出した。
未納 何時でも思い出すのね。憶えてなけりゃなんにもならないわ。
須貝 憶えた。今度から……。
未納 言った後からは、今度から……。それだから嫌い。
須貝 嫌いでもいい。
未納 ほんと?
須貝 なにが?
未納 出鱈目《でたらめ》言ってないで、行きましょう。妾《わたし》、もっともっと飛びまわりたい。
須貝 あのコオトじゃ、埃《ほこり》が立つだけですよ。人情から言っても謝りたいコオトだ。
未納 少し堅めるといいんだわ。
須貝 堅めてもいいが……。
未納 撮影所の裏に、ローラーがあるのよ。
須貝 僕なら御免を蒙《こうむ》るぜ。
未納 お手伝いしてよ、妾。
須貝 君が?
未納 妾、ずっと前だけど、バスケットの選手だったことがあるのよ。
須貝 しかし、ローラーはバスケット・ボールじゃないよ。
未納 母さんと亜鈴《あれい》体操したことあってよ、妾達、大人用の亜鈴。
須貝 兎に角しかし、亜鈴はローラーと違う。
未納 そう思わない? 妾が一緒に手伝ったら、少しは楽になると。
須貝 此処にこうして坐ってるほど楽じゃないと思うな。
未納 どうして、揶揄《からか》うの、そんなに。真面目に話さないの、どうしても。
須貝 いや、真面目だよ、未納ちゃん。
未納 お姉さんに言うときは、美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]さん、さんって言うわよ。
須貝 そうかな、気がつかなかった。
未納 嘘。嘘言ってるわ。わざっと、あなたは妾だけちゃんと言うの、兄さんにだって昌さんって言うじゃないの。
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美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]。
[#ここで字下げ終わり]
須貝 やあ。お帰んなさい、疲れたでしょう。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 只今《ただいま》。
須貝 暑かったでしょう、外は。さあ、ここへいらっしゃい。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] (ちょっと赧《あか》くなって)そうでもないんですのよ。歩いてるとそんなに感じませんの。未納ちゃん、只今。
未納 (一寸《ちょっと》膨《ふく》れて)え、お帰んなさい。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] お留守番で大変だったでしょう。
未納 ううん。そうでもない。
須貝 僕がお守《も》りをしましたからね。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] あら。
須貝 お礼を言うなら、こっちの方が先に言って貰いたいな。随分苦心をしたんだから、この……。(止める)
未納 子供のお守りに?
須貝 そう。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 須貝さんったら。(笑う)
未納 お姉さん、笑うことなんかないわ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] あら、だって……。あなたはもう子供じゃないわ。
未納 ありがと。とても親切だわ。
須貝 僕は親切でないのか、今日は一《いち》ん日《ち》遊んでやったんだぞ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] (未納に)何してたの。今日は。
須貝 テニス。或はテニス的大騒ぎ。
未納 大騒ぎじゃないわ。
須貝 大騒ぎさ。テニスなんてのは紳士淑女のやるスポーツだ。君達みたいな小僧のやるもんじゃない。僕は草の半分生えた原っぱで汗をかいただけの話さ。
未納 サイドを変らなかったからでしょう。
須貝 サイド、それもある。がそんなことは末の問題だよ。要するに精神だ。あなたに求めるのは無理だが……。
未納 スポーツマン・スピリッツ。
須貝 何でもいい。そう言うものでもいい。
未納 カウントを忘れたのは、須貝さんが始めよ。
須貝 僕は始めから、カウントなんか、問題にしとらんがね。
未納 嘘言ってるわ。やっぱり勝った方がよかったんでしょ。だって、今日は妾が勝ったんだもの仕方がないわ。
須貝 えい。勝ってやればよかったな。この子はこれから少くとも一月《ひとつき》、これをいうだろうな。僕は、当分君と勝負は出来ないからね。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 須貝さんのがっかり仕様《しよう》、大変ですのね。
須貝 ボールをね、丁度、草の生えてる凸凹の辺《あたり》へ打ち込むんですよ。そのくせ自分の方は、例のきれいな所でしょう。サイドは絶対に独占する。こっちは陽に向きっきりで……。
未納 だから草を抜いて、ローラーで……。
須貝 ローラーか。どうでもローラー曳《ひ》かせる気か。
未納 お姉さん、手伝ってくれない?
須貝 お姉さんは、テニスなんかしやしないじゃないか。
未納 ええ。でも手伝ってくれるわね。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 何の話? それ。
須貝 いいんですよ。嘘ですよ。
未納 テニスコートをね、ローラーで固めるの。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] まあ。
未納 いけない?
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] いいえ。そりゃ、いけないことなんか、ないわ。
未納 手伝ってくれる?
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 妾? でも、でも妾。
須貝 そら、みろ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 妾、力が無いもの。
未納 そう。お姉さん、亜鈴体操しなかった?
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] アレエ?
未納 亜鈴。両方に鉄の塊がついて、握り[#「握り」に傍点]がついて……。
須貝 僕だってしたことないぜ、アレエなんか。
未納 あなたはいいの、男だもの。
須貝 男か。荷牛だと思ってやがる。
未納 あら、そんなこと考えてないわ。荷牛にしては痩《や》せ過ぎてるんだもの。
須貝 なぐるよ。おい。
未納 慍《おこ》らないでよう。
須貝 (美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]に)こうですからね。この子は手に負えんです。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] (笑う)
未納 須貝さん、お姉さんが好きなの?
須貝 (驚いて)なに?
[#ここから3字下げ]
未納、腰に手をあてて、黙って歩き廻る。
[#ここで字下げ終わり]
須貝 驚くべき代物《しろもの》だね、君は。
未納 隠さなくったって、いいわ。妾知ってるのよ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 未納ちゃん!
未納 (額を押えて)皺なんか慥《こしら》えてみせたって駄目よ、お姉さん。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] しらない。(行こうとする)
未納 (手を掴《つか》んで)逃げちゃ駄目よ。お姉さん此の頃、須貝さんの前へ来ると、何かもじもじしちゃって物言わないでしょ、ちゃんとわかってたわ。
須貝 おい。
未納 おい、だなんてェ。嬉しそうよ。にこにこしてるわ。
須貝 (慌てて)止せやい。じゃァ、どう言う顔をすればいいんだい、こういう場合。
未納 駄目々々、どんな顔したって駄目。
須貝 あなたの出鱈目なんか、笑って黙殺する他ないさ。(美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]に)そうですね。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] え、ほんとに……。
未納 わかったわ。須貝さんは美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]姉さんが好きなんだわ、それからお姉さんだって……ずっと前から、そうだと思ってた、妾。やっぱりそうだった。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] お止しなさいったら!
須貝 うっちゃっときましょう。下手《へた》に相手になると、いくらでも調子がつくばかりですよ。こう言う風に猛っている時は相手になる方が負けです。
未納 なんか言って済まし込まないでおいてよ。せつない気がするんだから。そこでと、えい遊んで来ようっと。妾なんかつまらないな。(川の方へ出て行く。外で)須貝さん。須貝君!
須貝 (出て行きかかるが、思い直して)なんだ!
未納 あ、後でいいや。(去る)
須貝 (外をみながら)ああ走る走る。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 風みたようだわ。
[#ここから3字下げ]
間。
[#ここで字下げ終わり]
須貝 どうも、大変なことになっちゃって、済みませんでしたね。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] いいえ、(笑う)そんなこと……妾、なんとも……
須貝 あの人の前じゃあ、うっかりしたことは言えませんね。年が下だと思って安心してると妙なところで叩《たた》きつけられて了《しま》いますよ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] そう言うところが、ありますの。妾なんかだと、ああはゆきませんわ。
須貝 あなたはそれでいいです。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] そうでしょうか。
須貝 女の人が誰も彼も、未納君並だ
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