題じゃないわ。あの人が妾達の何処を何う思ってるかってことだけよ、お話は。
昌允 成程、今日はお前の方が頭が冴えてる。それに具体的な所に触れているようだ。こう言うことになると、俺は、考えがまとまらんでいかん。
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諏訪、鉄風。
[#ここで字下げ終わり]
諏訪 (入りながら)いいえ、フォカスライトは一切使わないのよ。フラットにしてね、それもフットライトだけよ。それで後のスクリーンへ影をはっきり出したいの。
鉄風 俺は別に反対はしやしないよ。(中の連中に)やあ、いたのか。(諏訪に)ただねそううまくゆくかどうか、ってことを言うだけなんだよ。
諏訪 只今! うまくゆきますとも、ゆかなかったら……妾……。
昌允 お帰んなさい。母さん、今日はいつもより綺麗ですね。
諏訪 ありがと、今日一日、どうして?
未納 ほんとに綺麗だわ。(甘えて)憎らしいったらありゃしない。母さんのくせして、妾達より綺麗なんだもの。
諏訪 もうたくさん! おみやげ。
未納 母さん、遅いなあって言ってたところよ。
諏訪 日曜日をお留守番で、済まなかったわね。そのかわりお土産《みやげ》どっさりよ。
昌允 其奴《そいつ》は、留守番なんかしとらんです。須貝さんと、一ん日テニスしてたんですよ。
未納 御自分だって、どっかへ歩きに行って来たじゃないの。
昌允 なに俺のはほんの、一寸の間だ。
鉄風 いかんねえ、どうも、これじゃァ。
諏訪 そんなんじゃァ、お土産は婢《ねえ》やの方へ回さなきゃァ。
昌允 婢やもいませんよ。
未納 伯母さんが病気だからって、急に帰っちゃったわ。
昌允 暇を取りたい模様でしたよ。ひょっとすると、あれはもう、還って来ないつもりかもしれないな。
諏訪 あらそう、困ったわね。
鉄風 先月から給料を上げる約束だったのに、上げてやらなかったろう。
諏訪 だけど、今迄だって他所《よそ》のよりは、ずっといいのよ。
鉄風 しかし約束したんだから、向うじゃァ当にしてるよ。
諏訪 あんまり言いなりになるようで莫迦々々しいんだもの、妾達、始終家を空けるもんで、足許《あしもと》をみてるんだわ。きっとそうよ。
昌允 みられたって、仕様がないな、それは。
鉄風 少しくらい無理を言ったって、我慢しておくんだな。馴れた奴の方が何かと便利だと思うよ、俺は。
諏訪 じゃ、どうすればいいと被仰《おっしゃ》るの、そんなこと言って。
鉄風 どうするも何も、いないものは仕方がないな。
未納 お給金を上げてやるからって言ってやれば還って来ると思うわ。
諏訪 伯母さんが病気なんて、嘘よ、きっと。
鉄風 その辺のところは何とも言えないな。
諏訪 じゃァ、あなた、そ言ってやっといて下さる。
鉄風 俺がかい!
諏訪 ええ。
鉄風 しかし、どうも、俺が手紙出すのは変だよ。君から出した方が……。
諏訪 妾だっておかしいわ。負かされるみたようで、厭だわ。
鉄風 事実負かされているのだぜ。
諏訪 だって……じゃ未納ちゃん!
未納 妾、書けないわ、どう言う風に書くの。
諏訪 約束通り、お給金を上げたげるからって書けばいいのよ。
未納 それだけ? 他になんにも……。
鉄風 学校で手紙の書き方くらい教わっとるんだろう。(諏訪に)やはりこれは、君が書いた方がいいんじゃないかね。本来君の責任範囲の仕事だよ。それに原因から言っても……。
諏訪 でもあなただって、うっちゃっとけって、賛成したじゃありませんか。
鉄風 しかし、それは……。
昌允 うるさいな、いい加減にしたらどうです。(立上って表の方へ出ていく)
諏訪 美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]さん、まだ帰ってないの。
未納 もうさっき、帰ったわ。お姉さん! 母さん達帰ってらしっててよ。(土産の包みを解く)
諏訪 昌さん、出るの。お茶でもいれない?
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昌允、知らん顔して出てしまう。
未納くすくす笑う。
[#ここで字下げ終わり]
鉄風 こら、どうしたんだ。
未納 いいの。お兄さん! (笑う)お兄さんたら! しらん顔なんかして!
[#ここから3字下げ]
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]
[#ここで字下げ終わり]
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] お帰んなさい。
鉄風 ああ、今日は、どうも御苦労だったな。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 厭なお父さん。(笑う)
諏訪 あなた、どうかしたの、目の縁。脹《は》れてるんじゃァない?
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] (とぼけて)いいえ、そうかしら。
未納 泣いたの?
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 違うわよ。
未納 (ふざけて)母さん、妾は?
諏訪 妾って、何よ?
未納 妾、泣いてたみたいに見えない?
鉄風 お腹でも痛かったのか?
未納 (美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]の肩を抱いて)お父さんの莫迦。お姉さん、妾とうとう泣いちゃった。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] ?
未納 勘忍してね。さっき言ったこと。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] 何のこと、それ。
未納 やよ、困らしちゃァ。ほら、さっきね、言ったでしょう、いけないこと。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] そうじゃないのよ。そんなことじゃないの。だから……。
未納 あら、じゃァなぜ、泣いたりなんか……。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] (狼狽して)何でもないの。ほんとになんでもないのよ。妾泣いたりなんかしやしないわ。厭! そんなに顔を覗くの(気を換えて)そんな心配して、あなた泣いたの、厭な人ね。(笑う)
未納 そうじゃ、ないの、妾……。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] そう。(がっかりする)そんなら……。
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間。
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鉄風 (包の中から、菓子を取り出して、頬ばりながら)一向に要領を得んね。(諏訪に)同性愛じゃないか、二人は。
諏訪 厭ですよ、つまらない事言わないで頂戴。
鉄風 少し変だとは思わないかい。
諏訪 少し変なのは、昌さんの方ですわ。
鉄風 あれは、昔からああだ。
諏訪 いいえ、以前はそうでもなかったわ。ずっと前は……。
鉄風 そうじゃなかったって、どうじゃなかったんだ。
諏訪 此の頃、ずうっと、妾達から離れるよう、離れるようにしてるじゃありませんか。
鉄風 そうかねえ。一向俺は気がつかんが。
諏訪 妾は気がついてるわ。美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]さんお茶でもいれない。
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美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]、行きかける。
[#ここで字下げ終わり]
諏訪 ああ、こんなもの、もう要らないでしょう。持ってっといたら如何。それから妾、パンがあったら少し戴こうかしら。
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美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]、グラス、シェーカーなどを持って出て行こうとする。
未納、蹤《つ》いて行こうとする。
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美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] いいわ。妾がしてくる。
未納 手伝うわ。妾、ちょっとお姉さんに話があるのよ。
美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11] あら、何の話。
未納 あっちで言うから。さあ(美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]を押すようにして出ていく)
鉄風 もう、みんな年頃だから、少しずつ変なんだな。どれからでも、片《かた》っ端《ぱし》から片をつけて行かなくちゃいかんよ。
諏訪 ええ、だからあなたも、しっかりして下さいよ。
鉄風 俺は、どうも、そう言うことは不得手《ふえて》だよ。万事、君に一任する。
諏訪 一任なんかして戴かなくってもよござんす。だって共同責任じゃありませんか。妾だって、困るわ。こんなこと、あんまり馴れてないんだもの。
鉄風 ダンスの流儀でやって貰いたい。独創的でいいよ。
諏訪 そう、うまく行くもんですか。妾ね、未納ちゃんに頼まれてるんだけど……須貝さんに、あの子を貰って戴こうと思うの、どう。
鉄風 未納がかい。子供だと思ってたが……素速《すば》しこい奴だ。しかし、出来るなら、美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]の方から先にしてほしいな。順序だ。
諏訪 どっちからでもいいじゃありませんか、そんなこと。
鉄風 わかったよ。よろしくやってくれ、じゃァ。
諏訪 妾、今日話してよ。区切りがついていいと思うの。明日《あした》っから、あの人も一本で仕事をするんだしするから。
鉄風 そうか、しかし無理には言わないようにしてくれ、恩を売るようにみえると厭だよ。俺は。まあ、なんだ……それとなく……。
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須貝。
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諏訪 やあ、お帰りでしたか先生。
鉄風 やあ。今、ああ。(慌てて二階へ上って行こうとする)
諏訪 あら、そんなに逃げないで、此処に居て下さいよ、妾一人じゃ心細いわ。
鉄風 うん、しかし、俺は一寸。……(なんとか云って上って了う)
諏訪 変な人……。須貝さん、お掛けにならない? 此処へ来て。
須貝 ええ。僕、一寸|是《これ》から撮影所へ行ってみようと思うんですが。
諏訪 あら、今日は何にも仕事ないんでしょう。
須貝 それは、ええ、しかし道具を一寸変えたいと思うんで、その都合をみて来ようと思うんですが。新米は何だかそわそわしちゃって……。
諏訪 まあ。それはそれとして、後になさいな。あなたにね……お話があるの。
須貝 僕に? (戻って来て)伺いましょう。(坐る)何です。
諏訪 厭な人、何ですだなんて、そんな風に訊かれると言えやしない。
須貝 じゃあ、黙ってましょう。
諏訪 駄目よ、黙ってちゃ、お話にならないわ。
須貝 面倒なんですね。どうでもしますよ、しろと被仰って下さい。
諏訪 ぼつぼつ話すわ、いろんなこと言ってる間にね。
須貝 結構です。奥さんと、いろいろお話するんならその方だけでも結構ですよ、僕は。
諏訪 まあ! うまいわね。
須貝 まだまだうまいことも言えるんですよ、これで。
諏訪 そのくらいで丁度いいところだわ。
須貝 序手《ついで》ですから、も少し聞いて下さると、いい都合なんだが。
諏訪 厭! お芝居のお相手なんて御免よ。
須貝 ああ、承知しました。
諏訪 あなたも、とうとう大人になっちゃったわね。
須貝 お蔭様で……。
諏訪 鉄風には感謝なさいよ。
須貝 それから、奥さんにも。
諏訪 勿論よ。感謝の序手《ついで》に妾の言いつけをお聴きなさいな。
須貝 唯一つのことの他は……大概のことなら。
諏訪 もう、奥さんを持ったらどう。
須貝 いかん。それが唯一つのことです。
諏訪 年上の者の言うことはお聴きになっといた方がよろしくてよ。撮影所なんかにいるとみんな生活が駄目になって了うわよ。いいかげんにはっきり身を固めないと。妾は悪いことは言やしません。
須貝 どうも奥さん、折角ですが、この話はお預けします。僕はまだ、そう言うことを考えてみたこともないんですからね。
諏訪 だって、あなたもう、ちっとも早過ぎやしなくってよ。男だって女だって、そう言って呉れる人がある間にちゃんとしとかなくちゃ、だあれも構って呉れなくなってからでは遅すぎてよ。
須貝 遅過ぎても構わんです。兎に角、僕は結婚したくありませんね。も少し、ひとりでのうのうさせといて下さい。今から、奥さんを貰っちゃ、可哀そうですよ。勿論僕がですよ。
諏訪 あなたは知らないからそんなこと言っているのよ。奥さんも一寸いいものよ。それに妾まだ、誰と結婚なさいともなんとも言ってやしないじゃないの。そんなに慌てて逃げを打つことはないと思うわ。
須貝 誰だって相手に依るんじゃないんですから、きかなくったっていいです。
諏訪 (笑って)そんなに少年みたいに羞《はずか》しがることってありますか、ええ?
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