一杯考えることがあるんですよ。
昌允 も少し自由でいたいっていうわけですね。それだったらあなたは、早く此の家を出た方がいいですよ。
須貝 どう言うわけです、それは。
昌允 僕達の親爺も母親も、あなたが、あの二人の中どっちを選ぶか、興味を持っています。どっちを選ぶかってことだけですよ。
須貝 ――。
昌允 それに、その話は、僕にも多少関係があるものだから……。
[#ここから3字下げ]
間。
[#ここで字下げ終わり]
昌允 成可《なるべ》くなら、未納の方を選んで下さい。
須貝 弱ったな。僕は、まったくそこ迄は考えていなかったものだから……。先生にお世話になったことと、これとは……。
昌允 勿論話は別です。……じゃァ、二人に対しては須貝さんは全然白紙なんですね。どうも失敬しました。僕はまた……。
須貝 いや。そう、はっきり言い切る用意もないわけなんだが……。
昌允 ふん。
須貝 まあその程度ですな。
昌允 どうだか……怪しいな。
須貝 言い切ったところで、信用しやしないんでしょう。
昌允 そうでもないけど……。
須貝 そうでもないでしょう。(二人は顔を見合せる)
昌允 実は……。
須貝 はあ。
昌允 どうも言い難いな。
須貝 必要があることなら言うべきですね。
昌允 僕は美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]を……美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]をね……(投げて)口では言えやしませんよ。
須貝 美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]さんを……。(顎を撫でている)
昌允 僕達の家庭が並の家庭でないことは、御存じでしょう。
須貝 いくぶん……はね。
昌允 美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]は母親の子供で、僕と未納とは親爺の子なんです。
須貝 そして先生と奥さんは御夫婦で……クイズですか、これは。
昌允 (吐くように)持寄り世帯ですよ、一種の。僕と美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]とは他人です。
須貝 はあ、なるほど、辛《や》っとわかった。
昌允 あなたは、どう思います。僕が美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]を好いちゃァ、不道徳だと思いますか。
須貝 ちょっと考えると妙ですね。
昌允 よく考えてみて下さい。僕は以前から美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]が好きでした。ところが、親達の方が手っとり早く共鳴してしまったわけなんで、いきなり兄妹になっちゃった。
須貝 ふむ。
昌允 あなただったら……どうします。
須貝 困るでしょう。あなたは?
昌允 それを考えてるんです。
須貝 しかし……もう一つの方から考えてみると別に変でもないな。
昌允 早い遅いの問題ですからね。僕達の方が先だったら、今頃は逆に親爺達の方で困ってるわけだから。
須貝 (笑って)そっちの方が問題は少なかったかもしれないが。
昌允 しかし、もう駄目ですよ、その方は。
須貝 取返しがつきませんね。
昌允 だから言うんです。あなたがもし、二人の何方《どちら》かを選ばれるんだったら、未納にして下さい。
須貝 未納君をね。
昌允 厭ですか。
須貝 厭じゃないが。
昌允 未納の方でも、あなたが好きらしいですよ。
須貝 冗談いっちゃァ、いかん。
昌允 あなたもうっかりしていますね。尤も、そう言うものだが。
須貝 若《も》し……若し僕が美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]さんを貰いたいと言ったらどうするんです。仮定ですよ。
昌允 そんなことは言わないでしょう。
須貝 驚いたなあ。
昌允 困るんですから。
須貝 一向、困ってるようにもみえない。
昌允 年下のものを虐《いじ》めるのはお止しなさい。意地の悪い……。
須貝 ところが、僕は僕で、あなたを意地悪だと思ってる。
昌允 そんな莫迦《ばか》な……。しかし、どうしてもと言われるなら、それはそれで構いませんよ。あなたの意志は、尊重します。
須貝 わからないな、僕は、あなたの罠《わな》にかかるのは厭ですよ。
昌允 罠? 何です。それは……。
須貝 と言うのは、つまり……。
[#ここから3字下げ]
未納。
[#ここで字下げ終わり]
未納 (悪戯《いたずら》らしく覗《のぞ》き込んで)もう済んじゃったかな。
昌允 何だ。
未納 (這入って来る)なあんだ、お兄さんか。おやおや、マルチーニお父さんのお株奪っちゃっていいの? 嘆くわよ。(と近づく)
昌允 ウイスキーが入ってるぞ。
未納 ああ(泰然と手を差出す)
昌允 手を洗って来いよ。バイキンみたいな手をしてやがる。
未納 ん、綺麗よ。(注ぐ)
昌允 さんざ、土いじりをして来たんだろう。なんだ、その顔は(未納、顔を外らす)……顔迄泥の条《すじ》がついてら。
[#ここから3字下げ]
未納、手の甲でごしごし顔をこする。
[#ここで字下げ終わり]
昌允 無精《ぶしょう》しないで、洗って来いったら。
未納 うちの兄貴は、やかましくって、いかんな少し。(去る)
昌允 (後をみながら)あの服は、あれで、いいんですか。
須貝 別に変でもないでしょう。普通ですよ。和服用の銘仙を使ってるから……。
昌允 なんだか、変な格好だな。何ドレスって言うのかな。
須貝 何ドレスってことはないでしょう。いろいろ自分でやってみるんですよ、近頃は。あッ、ホームドレス……。
昌允 ホーム……。
須貝 家庭ですよ。
昌允 はあはあ……。あんまり家庭的でもないな。彼奴は、女優にはなれませんか。
須貝 なれますよ。しかし他人の言うことを聴かないのがいけませんよ。妙なところで意地を張る。
昌允 家で遊んでる方がいいには違いないが……。
[#ここから3字下げ]
未納、タオルで顔を拭き拭き。
[#ここで字下げ終わり]
未納 泳げるところ、めっけて来たわよ。
昌允 泳ぐ、お前がか。
未納 ううん。須貝さん、泳ぎたい泳ぎたい言ってるもんだから。
須貝 泳げるかな、って言っただけじゃないか。
昌允 撮影所の連中は、やってるようですね。
須貝 構わないのかな。
昌允 構わないことはないでしょう。しかしやっています。
未納 第一泳げるの、あなた。
須貝 土佐の生れだからね。
昌允 ああ、それなら、泳げますね。
未納 土佐か、土佐犬か。土佐って何県だったかな。
昌允 知らないのか。
須貝 一寸、失敬。
昌允 まあ、いいじゃありませんか。
須貝 笑っちゃ、いかんですよ。一寸、思いついたことがあるんで。
昌允 ノオトをとるんですか。熱心だな。
須貝 そら笑った。(去る)
昌允 (追かけて)考えといて下さいよ。今の話。
未納 母さん、遅いわね。何処へ廻ったのかしら。
昌允 姉さんに聞かなかったのか。
未納 お兄さんは?
昌允 いや、俺も……。撮影所で与太《よた》ってるんだよ。
未納 早く帰って来るといいのに。
昌允 用があるのか。
未納 (曖昧に)え。ううん、母さん……に……妾、頼んどいたことがあるの。
昌允 なんだ。つまらん。
未納 でも、もう取消しよ。お兄さんには、つまらんことでも、妾にはつまることだわ。
昌允 ふむん。(気を換えて)母さんも遅いが、お前も、割合にやることが遅いな。
未納 どうして。
昌允 須貝さんのことだ。ぐずぐずしてると、逃げられるぞ。
[#ここから3字下げ]
間。
[#ここで字下げ終わり]
未納 妾、須貝さんを、追掛けてなんかいないからいい、逃げられたって。
昌允 そうか、しかし俺にはそうみえるがね。追掛けていないかもしれないが、そういう気はあるだろう。それなら、追掛けてみた方がはっきりしている。
未納 そんなの、ないわよ、女が男を追っかけるなんて。
昌允 そんなに習慣を重んじるお前でもないじゃないか。
未納 妾は厭よ、そんなの。須貝さんが、妾を嫌いだったら、妾だって嫌いだわ。
昌允 まだそこ迄は行ってないさ。
未納 だったら妾も、じいっとしてるより他、仕方がないじゃないの。
昌允 しかし、競馬とは違うからな。出発点を定《き》めといて、二人が一緒に走り出すものじゃァないだろう。何方かが先に走り出すさ。その方が負だろう。威張ってみたって始まらないよ。
未納 心配して呉《く》れないだっていいの。妾、別に、どうしてもあの人でなくちゃ死ぬ、と言うほどのわけじゃないのよ。そんなに気張って考えなくったっていいと思うわ。
昌允 それはそうだ。ただ、実際の問題として、そう簡単に行くか。
未納 ゆかない?
昌允 ――。そんなことは知らんよ。
未納 お兄さんは此の頃陰気ね。
昌允 (立上る)俺は前と変らない。
未納 以前は、そうでもなかったわ。
昌允 俺はお前に俺の批評をすることは許さん。
未納 うまく言ってるのね。
昌允 なに。
未納 うまく言って、妾に須貝さん牽制させといて、自分は美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]姉さんを……って考え、分っててよ。
昌允 あッ、そうか。お前は大分|性質《たち》が悪くなったな。
未納 お兄さんこそよ。
昌允 しかし、俺だってそんなことは気がつかなかった。
未納 美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]さんね。須貝さん好きよ。何とかしなくちゃァ。
昌允 お前と、どっちが沢山だ。
未納 妾なんか、なんでもないんだったら。
昌允 (未納の方を見ないで)お前川原で泣いてたろう。
未納 嘘だわ、そんなこと。
昌允 泥でよごれた顔と、涙でよごれた顔と見わけがつかないと思ってたのか。
未納 ――。
昌允 (坐る)お前が石を、擲《ほう》ってた時、近よって行ったのは俺だよ。
未納 ――。
昌允 須貝さんだと思ってたんだろう。あの時は泣いてなかったな、すると……(ふと云い止んで)お前、邪推じゃないだろうな。
未納 ないとは言えないわ。ふっと、そんな気がしただけなんだもの。証拠のあることじゃない。
昌允 だが、お前がそう感じたんならそうだろう。
未納 妾、受け合わないわよ。そりゃ、妾だって、考えたくないことだもの。邪推かもしれないわ。
昌允 おい、俺を慰めてやろうなんて考えを起したって駄目だぞ。俺はまだ、お前に……。
未納 妾だって、まだお兄さんに同情してるほど余裕は出来てやしないわ。妾が助けてほしいくらいだわ。お兄さんったら妾が、そう言ったら直ぐそうかと思っちまうんだもの。妾だって困るじゃないの。
昌允 しかし、出鱈目だと言って怒るわけにもゆかないだろう。
未納 何とか、言いようがあるわ。
昌允 お前がそうだと言えば、そうかと思うより他ないさ。
未納 でも、そう言うこと、有り得ることだと思って?
昌允 有り得ることだ。そう言うことの可能性ってものは、無限大だな、理窟もへったくれもないさ。
未納 そういうものかしら、じゃ、仕方がないわ。
昌允 仕方がない、と言うのは、どう言う意味だ。それは、つまり……まあどうでもいい、俺は……。しまった!
未納 どうしたの。
昌允 つまらんことを、して了ったな、こりゃ。俺は須貝さんに余計なことを言ったよ。言わなきゃ、よかった。
未納 何を言ったの。
昌允 何でもいいさ。お前があの人を好いていると言うことを言ったんだ。
未納 あら!
昌允 ところで、美※[#「にんべん+予」、第3水準1−14−11]が、須貝さんを、好きだとすれば、二人の間は……もう俺達じゃァ邪魔の出来ないところ迄来てるかもしれないな。
未納 そうかしら。
昌允 ああ言う女に愛されて、愛し返さない男って、ないよ。
未納 そうすると、妾達、もう黙って引込んでる他ないわけね。須貝さん、どう思ってるのかしら。
昌允 あの人は、俺にはわからない。
未納 須貝さんもそう言ってるわ。
昌允 そんなことを言い出せば際限のない話だ。誰だって、他人の腹ん中なんて、わかりゃしないよ。一体、須貝さんは女には好かれる質《たち》かい。
未納 ――。
昌允 一般的にそうかい。お前は別としてだよ。
未納 わからないわ。
昌允 ん。それは返事に困るだろう。じゃァお前は、あの人の何処が気に入ってるんだ。
未納 だって、そんなこと今問
前へ
次へ
全11ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森本 薫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング