先生がお帰りになってからだってあなた達、随分、調子にのってお喋りしてるようよ。
あさ子 母さん大概|傍《そば》にいるじゃないの。
真紀 いない時のことよ。
あさ子 いない時だって、おんなし。
真紀 昨日はお天気だったが明日は雨だろう、とか、家の二階の梯子段《はしごだん》は十二段だけれどあんたんところは何段ですって話だの、そんな話ばかりかい。
あさ子 そんなに何時も何時もお天気の話ばかり、しやしない。
真紀 あなたのは、大概そのへんよ。
あさ子 (睨む)まあ。
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あさ子、指先で眉を撫でつける、之で三度目くらい。真紀、真似る。
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あさ子 母さん!
真紀 私が言うのよ、それは。わるい癖よ。
あさ子 憚《はば》かりさま。
真紀 いくつだい、収さん。
あさ子 (拗《す》ねて)しらない。
真紀 二十、四?
あさ子 三。
真紀 じゃ、一つ下ね、あなたより、そうは見えないねえ。
あさ子 老《ふ》けてみえる方ね。
真紀 男はその方がいいんだよ。
あさ子 女は?
真紀 女はあなた、(気を換えて)莫迦《ばか》なことを訊《き》くものじゃない。何時だってそれよ、あなたは。(間、一寸|躊《ためら》った後)あなた、此の間、よし子さんのところへお招《よ》ばれして行ったね、お祭とかで。
あさ子 え。
真紀 あの時、何方《どなた》かに会ったあすこで。
あさ子 いいえ。
真紀 そう。
あさ子 よし子さんのお兄さんって、あんな方あたししらなかった、あの時迄。
真紀 会ったのかい。その方に。
あさ子 鈴木内科へ出てらっしゃるんですって。
真紀 弘さんて方だね。
あさ子 あら母さん知ってるの?
真紀 そりゃ……あなたの知らないことで私の知ってることだってあるさ。
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間。
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真紀 (何か云いそうにする)
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収、黙って静かに入る。痩せた学生。二十三。
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あさ子 来た来た。
真紀 (驚いて振返る)あら。
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収、笑って一寸頭を下げる。
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真紀 なんです、あさ子。来た来たって何?
収 兎を追い出してるつもりですよ、おばさん。
真紀 ほんと。失礼よ。
あさ子 (大きな声で笑う)
収 怪《け》しからんね。他人が入ってくると、いきなりげらげら笑うって法があるかい。
あさ子 今ね、今、あんたのことを言ってたの。
真紀 あさ子。
あさ子 母さんね。あんたの悪口言ってたのよ。だから慌《あわ》ててるの。(笑う)
真紀 嘘よ、あさ子がそう言ったの。
あさ子 あら、あたしじゃないわ。自分こそ。
収 どうも大変な所へ入って来たらしいなあ。逃げ出した方が無事かな。
あさ子 大丈夫よ。そんなにいけないことじゃないの。
収 どうだか。
真紀 ほんとに、どうだかしれやしない。(笑う)
収 (あさ子に)あなただね。悪口言ったのは。
あさ子 違うったら。
収 そうに違いない。わかってるさ。
あさ子 (睨む)まあ。
収 睨んだって恐くないよ。
真紀 (あさ子に)ほら、その次は。
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収、指先で眉を内から外へ撫でつけてみせる。
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真紀 駄目々々。たった今叱られたばかりよ。
収 へえ。それなら早くそ言って呉れるといいのに。大失敗だな。
あさ子 いいわよ。君とは今日はもう口をきかないから。
収 大変なことになったもんだなあ。(真紀に)ああ、忘れてた。おばさん、母からのことづかりものです。それでちょっと学校のかえりに。
真紀 あらそう。御苦労さま。何か……。
収 用じゃないんです。(包を出して)礼儀上|到来物《とうらいもの》ですって言うんだって、中味は「藤屋」の……。
あさ子 羊かん?
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収、真紀、「おや」と云う顔。
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真紀 (あさ子に)何か言って?
あさ子 (笑って)いいえ。
真紀 母さん、相変らずお忙がしい?
収 そう云ってますね。口癖です。
真紀 性分ね。此の頃ちっとも会わないので淋《さび》しくって仕様がない。ちっとは遊びに来るように云っといて下さいよ。
収 向うでも、そ言ってましたよ。あちらは閑人《ひまじん》だからって。
真紀 閑人? ひどい事言うね。家は商売があるから……何と言ってもあなたのお家の方がやっぱり閑よ。
収 そりゃ、そうですね。でもやっぱり。何《なん》か彼《かん》か言ってますよ。
あさ子 収さん。坐らないことに決めたの?
収 う……うん。僕もそう思ってるんだが、一向《いっこう》お許しが出ないし、それに場所も(あたりを見廻す)
真紀 御免々々。うっかり。(立ち上る)
収 よろしよろし。(ピアノの前に行き、その椅子を提《さ》げてくる)
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