のため遺しおく口上書とは、二日に深川八幡前で認めた仇討《あだうち》の宣言書と起請文《きしょうもん》のことで、その中には毛利小平太の名も歴然として記載されてあるこというまでもない。なお内蔵助はそれについで、己《おの》が妻子のことにも言い及んで、
「はたまた拙者妻こと、京より離別|仕《つかまつ》り縁者方へ返し申候。伜、娘儀いかように罷成《まかりな》り候ともそれまでの事に候」といい、さらに平常《ひごろ》方外の友として、その啓沃《けいよく》を受けた良雪に対しては、
「良雪様、去年以来の御物語、失念|仕《つかまつ》らず、日々存じ出し、このたび当然の覚悟に罷成りかたじけなき次第に御座候。日ごろ御心易く御意を得《え》候《そうろう》各々様ゆえ、別して御残多く、御暇乞かたがたかくのごとく御座候、恐惶謹言」と結んでいる。で、それを書いてしまうと、若党室井左六、加瀬村幸七の両人をそばへ喚《よ》んだ。かねてその旨|吩咐《いいつ》けられていたので、両人とも旅支度をして脚絆《きゃはん》まで穿《は》いていたこととて、その書状を受取るなり、一同に暇乞《いとまご》いして、涙を拭き拭き出て行った。
で、この隙間《ひま
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