》に太夫に会ってと、小平太は腰まで上げたが、吉田忠左衛門が来て、何やら太夫と打合せをしていると聞いて、またその腰を卸《おろ》してしまった。そして、ふたたび黙って諸士の話しに耳を傾けた。
「今ごろから出かけて、あの二人は日のあるうちにどこまで延しますかな」と、一人が言った。
「さ、脚の早い者とて、六郷までは参りましょうか。今夜は川崎泊りですよ」
「日の短いごろですからな」と、また一人がそれに応えた。「それにしても、あの主思いな二人の忠節といい、それを出してやられる太夫のお心のうち、昔の鬼王、童三《どうざ》が古事《ふるごと》も想いだされて、拙者は思わず貰い泣きをしました」
「さようさよう。同じ大石殿の家来の中《ちゅう》にも、瀬尾孫左衛門のような人非人《にんぴにん》もあれば、またあんな忠義なものもある。まさかの場合になって、始めて人の心は分るものでござるな」
こんな話しを聞いていると、小平太には、せっかく太夫に聞いてもらおうとした自分の用事が取るに足りないばかりでなく、何だが滑稽《こっけい》のようにも思われてきた。自分としては一生懸命だが、人が聞けば、何と思って今ごろそんなことを言いだすか
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