れぞれ渡世の道を立てているが、吾々は仇討専門で、ほかに芸がないから日々喰い詰める一方である。願わくば、あまり見苦しき体《てい》になり下《さが》らぬうちに、一日も早く決行したい」といったような一節がある。これは浪士の実情をありていに道破したものといわなければならない。
ところで、内蔵助自身は、どちらかといえば前者に属していた。彼は仇討連盟の盟主になった。しかも、その裏面においては、全然それと反向《はんこう》するような主家の再興に力を尽していた。あるいは主家の再興は再興、仇討は仇討で遣る気であったと言うかもしれない。しかし主家を再興した後で、仇討のできないことは、何人《だれ》よりも内蔵助自身一番よく知っていた。仇討をしなければ、同志を欺《あざむ》いたことになるばかりでなく、永く世の指弾《しだん》を受けるかもしれない。しかも、一国の重寄《じゅうき》に任ずる城代家老としては、主《しゅう》の恨みを晴らすということも大切であろうが、それよりもまず主家の祭祀《さいし》の絶えざることを念とするのが当然だと信じたのである。この信念の下《もと》に、彼は去年の暮に出府した際も、あらゆる手蔓《てづる》を求め
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