の許へ母親に逢いに行くという口実《こうじつ》の下《もと》に、ぶらりと家を出てしまった。もちろん、兄の許へなぞ行く気はなかった。こうなればもう行く必要もなし、また事実行かれもしなかった。彼の行かれる所とては、天上天下、ただおしおの家だけであった。
彼は途を歩きながらも、「何のためにあの女に逢いに行く?」と考えてみずにはいられなかった。「俺はいったいあの女をどうしようと思っているのだ?」それには彼も自分ながら返辞ができなかった。
「可哀そうに」と、しばらくして彼はまた考えつづけた、「あの女も今に及んで俺がどんな心を抱いて、どんな苦しみを嘗《な》めているか、まるで知らないでいるのだ! こんな便りない男を手頼《たよ》りに生きてきて、その男さえこの世にいなくなったら、これから先どうして生きて行くだろう? 考えてみれば、まったく不仕合せの女には相違ない!」
ふと、「あの女を殺したら?」というような気が心のどこかでした。「そうだ、いっそのこと、あの女を手に懸けて殺したら、俺も本気で死ぬ決心がつくかもしれない」
が、そう思うと同時に、彼は自分でも自分の残忍な心に吃驚《びっくり》したように飛び上っ
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