。天下の直参《じきさん》として、そんなことを聞き捨てにはならぬ』と言い張って、どうしても承知しない。そこで、叔父の言葉に従わなければ、大事が漏れて御一統にも難儀をかけるから、恥を忍んで身を退くと断って、連盟から脱退したということだよ。なるほど、その言分だけを聞けば、いちおうもっとものようにも思われるが、そのじつはどうだか分ったものじゃないね。それほど儀を重んずる心があるなら、なぜ自分からまず腹を切らないのだ? 命を捨てたら、どんな分らない叔父でも、まさか一統に迷惑を懸けるようなこともしでかすまい。それをしえないで、おめおめと養子になって生き延びているのは、何といっても命が惜しいからだよ。ね、そうじゃないか」
「そうだ、命が惜しいからだ」と、小平太は反射するように言った。実際、彼は自分でも何を言っているか分らなかった。彼はただ郡兵衛の脱盟した前後の事情のあまりによく自分が兄から言われた言葉に似ていることだけが分っていた。そして、自分が郡兵衛の立場に置かれたらどうするだろうと、そればかり考えていた。
その晩横になってからも、小平太はやっぱり中村鈴田両人のことが気になって、どうしても寝つか
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