太夫のしかたもよくない。第一、それがために、吾々の仕事が方々へ漏《も》れてしまった。今までのところでは、それも別段|差支《さしつか》えないようなものの、しかしだんだん士気の沮喪《そそう》してきたことは争われないぞ。せめてこの春にでも事を挙げられたら、百二十五人が五十人を欠くまでには減らなかったろうに! それを思うと、どうも残念でたまらないよ」
 聞いている二人は思わず顔を見合せた。なるほど五十一人残っていた同志が、二人の逃亡によって、もはや四十九人になっていた。
「最初の脱盟者は例の高田郡兵衛だ」と、勘平は相手がそこらにでもいるように、一方を睨《にら》みつけながらつづけた。「あいつもこの春までは、安兵衛殿、孫太夫殿と並んで、硬派中の硬派と目されていた。それがどうだ、脱盟者の魁《さきがけ》となってしまったではないか。安兵衛殿の話に聞けば、何でも旗本の叔父から養子にと望まれたが、だんだんそれを断《ことわ》っているうちに、そばにいた兄が弟は仇討の大望を抱いているから、お望みに応じかねるのだと、うっかり口を辷《すべ》らしてしまった。叔父はそれを聞いて、『なに仇討? それは大変なことを考えている
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