」と、勘平はまだ余憤《よふん》が去らないように、一人でつづけた。「それが、そんな話がないばかりか、討入《うちいり》の日取りまで極ったというので、吃驚《びっくり》して腰を抜かしたんだろうよ」
「まさかそうでもあるまい」と、小平太はようよう口を挾んだ。「円山会議でいよいよ仇討と決した時、太夫から諸士へ廻された廻状にも、ちゃんとそれは明記してあったからな」
「それが慾目で分らなかったのさ」と勘平は捨ててやるように言って、からからと笑った。「だが、あいつらのように恥を忍んで生き延びたところで、いつまで生きるつもりだ? この先百年も生きやしまいし、晩《おそ》いか早いか、どうせ一度は死ぬる身ではないか」
「そうだ、どうせ一度は死ぬる身だ」と、小平太は自分で自分に言って聞かせるように呟《つぶや》いた。
「それが分らないんだから情けないね」と、それまで黙っていた庄左衛門もぽっつり口を出した。そして、三人ともそれぎり黙ってしまった。
「しかしね」と、しばらくして勘平は、何やら一人で考えているように言いだした。「俺に言わせれば、今になって返らぬことじゃあるが、このように敵討《かたきうち》を延び延びにされた
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