のじゃ」
「それはそれは」と言ったまま、小平太は自分の兄に引較べて、ちょっと返辞ができなかった。「なるほど、お父上の気性ならそうもありましょう。立派な父御を持たれてお羨《うらや》ましい」
 実際、彼は羨ましかった。そういう父親を持っていたら、自分も今になってこんなに心の動くこともあるまい。それにつけても、何と思って兄になぞ大事を打明けたかと、今さらのように自分の不覚を悔《くや》まずにはいられなかった。
 二人がそうしているところへ、表から足音荒く横川勘平がはいってきた。そして、ぷんぷん腹を立てながら、
「おい、また裏切者が出たぞ!」といきなり喚《よ》ばわった。
「裏切者?」と二人はいっせいに相手を見上げた。
「そうだ、裏切者が出た、しかもこの宿から出たのだ!」
 小平太はぎくりとして思わず飛び上った。何だか自分が今兄としてきた相談の一伍一什《いちぶしじゅう》をそのまま勘平に聞いていられたような気がしたのである。
「中村と鈴田の二人が朝から出て行った」と、勘平は委細かまわず続けた。「俺はどうもその出方が怪しいと思ったので、君らが出かけた後で、そっとその行李《こうり》を調べてみると、いつ持
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