太はふたたび「はッ」と言ったまま、頸筋《うなじ》を垂れて、じっと考えこんでしまった。そこまで知っていられては、もう是非《ぜひ》がない。それに、そういう風説を耳にしながら、今日まで黙っていたところを見れば、兄もこのたびの一挙にまんざら同情がないわけでもあるまい。まして戸田家と浅野家とは御親類の間柄だ。ここで俺が戸田家の家来たる兄に有様《ありよう》を打明けてみたところで、別段|差障《さしさわ》りの生ずるようなこともあるまい。このたびの事は、親兄弟たりともいっさい漏《も》らすまいという誓約はある。しかも、その誓約はけっして正確に守られていないとすれば、俺一人頑固にそれを守り通してみたところで、何になろう? それよりも、ここで打明けて、兄の同情と支援とが得られたら、自分としてもどのくらい心強いかしれない。心強いばかりでなく、同情を寄せていてくれる兄の手前としても、俺は後へ退けなくなるではないか。そうだ、それが何より肝心だと心に思案して、
「で、もし私がその企てを知っているとしましたら?」と、上眼に兄の顔を見上げながら、おずおず言ってみた。
「知っているとすれば、お前は一味に加担しているのだな!
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