大石殿のお供をして、上方へ上ったが、あの方はまだ山科とやらにおいでかな」
「大石様でございますか」
「うん、その大石殿さ」と、新左衛門はじっと弟の顔を見詰めながらつづけた。「じつはその大石殿が、何やら思いたつことがあって、近ごろ江戸に下られたという噂を耳にした。いや、大石殿ばかりではない、旧浅野家の浪人どもおいおい江戸に参着して、何やら不穏《ふおん》なことを企《たくら》んでいるという風説もある。もっとも、風説にすぎぬかもしれないが、去年以来の成行《なりゆき》を思えば、全然風説のようなことがないとも言われない。お前はどうだ? かねて上方《かみがた》ではだいぶ大石殿のお世話になったというが、まさかお前がその一味に加担しているようなことはあるまいな」
「はッ」と言ったまま、小平太はちょっと顔が上げられなかった。
「じつはその風説を耳にしてから、ぜひ一度お前に会って訊《き》いてみようと思っていたところだ。今聞けば、さる西国筋の御大身に主取《しゅうど》りをしたと言いながら、わしにその名を明そうともしない。で、万一お前がそういう企てに加担していたとしたら、兄弟のわしには包まず明すがいいぞ」
 小平
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