た。で、しばらくよもやまの話しをしていたが、小平太はおりを見て、
「時に兄上」と切りだした。「永い間こちらへもいろいろ御迷惑を懸けましたが、今度西国筋のさる御大身のお供をして、もう一度|上方《かみがた》へ上《のぼ》ることになりました。で、今日はそのお暇乞《いとまご》いかたがた参上したような次第でございます」
「ほほう、それは重畳《ちょうじょう》」と、兄は何も気がつかぬように言った。「わしもお前のためには、これまで縁辺をたよって、ずいぶん方々へ頼んではおいたが、どうも思うに任せぬ。そういうことになれば、誠にけっこうな次第だ。で、今度の御主人というのはやはり御直参ででもあるのかな」
「いえ、それが」と、小平太はちょっと口籠《くちごも》った。「御陪身《ごばいしん》ではござりますが、さる西国大名の御家老格……私としては、もはや主人の選《え》り好みはしていられませぬ」
「それはそうだ。武士としては、主人を失って浪人しているくらい惨《みじ》めなものはない。主取《しゅうど》りさえできれば、何よりけっこうだ。時にお前は」と、新左衛門は何やら想いだしたように言い添えた。「去年の暮にも、元浅野家の城代家老
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