つづけざまに頭を下げた。その眼には涙が光っていた。勘平は妙な気はしたが、相手がまじめなだけに、黯然《あんぜん》としてそれを見守っていた。
こうして二人は長い間両国の橋の上に立っていた。
七
いよいよ討入は十二月五日の夜と決定して、その旨《むね》頭領大石からそれぞれ通達された。一同は一種の昂奮《こうふん》をもってそれを受取った。五日といえば、あますところ日もない。とうとう年来の宿望を遂《と》げる日がやってきたのだ。それとともに、生きてふたたびこの娑婆《しゃば》へ出てこられようとも思われない。で、それとは言わぬが、めいめいその覚悟をして、故国《くに》の親類縁者へ手紙を出すものは出す、また江戸に親兄弟のあるものは、それぞれ訪ねて行って、それとなく訣別《わかれ》を告げるというように、一党の気はいはどことなく騒《ざわ》だってきた。
十一月も晦日《みそか》のことであった。小平太は朝から小石川の茗荷谷《みょうがだに》にある戸田侯のお長屋に兄の山田新左衛門を訪ねて行った。おりよく兄も非番で在宿していた。久しぶりに来たというので、母親も喜んで、二人の前に手打ち蕎麦《そば》を出してくれ
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