を叩いた。
「俺? 俺は……俺はそうだ、太夫のありがたいお言葉を考えていたのだ」
「そうか」と、勘平もうなずいた。「昼行灯《ひるあんどん》の何のと悪く言うものの、やっぱり太夫は偉いところがあるね。時には何となく生温いように思って、俺なぞずいぶん喰ってかかったものだが、別に怒ったような顔もされない。いくらこちらがいきりたっていても、一言《ひとこと》あの仁《じん》から優しい言葉を懸けられると、すぐにまたころりとまいって、やっぱりこの人の下に死にたいと思うからね。人柄というか、何というか、あれが持って生れた人徳《にんとく》だろうな」
「うむ、だがしかし、ああいうお言葉を頂戴するにつけて、俺は貴公にすまないような気がする。これも貴公が手柄を俺に譲ってくれたおかげだからな」
「なに、そんなことはお互いだ」と、勘平は快活に笑った。「それに手柄を譲るも譲らないも、俺にはあの邸へはいれなかったんだからな。貴公の働きは貴公の働きだよ」
「いや、そうでない」と、小平太はあくまでまじめであった。「俺は貴公のおかげで救われた。この恩は忘れない、死んでも忘れない!」
彼はいきなり勘平の腕を掴《つか》んだまま、
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