報告するさえ面晴《おもは》れであるのに、こんな言葉まで懸けられようとは、ゆめにも思い設けなかったのである。
 彼はそれから次の間へ下って、同宿の諸士といっしょに夕飯の御馳走になった上、後から来た横川と連れだって、上々の首尾でその宿を辞した。
 で、二人並んで歩きながら、小平太は相手から話しかけられても、すぐには返辞をしないほど、深く考えこんでしまった。第一には、自分の小さな手柄が太夫に認められたのも嬉しかった。が、そればかりではなかった。太夫に認められたことによって、ともすれば動揺《どうよう》しやすい自分の心が、何かこう支柱《つっぱり》でもかわれたように、しゃんとしてきた。それが彼には何よりも嬉しかったのだ。
「そうだ、ああ言ってもらえば、俺にも死ねる、立派に死んでみせられる!」と、彼は何度も心のうちで繰返した。
 横川は横川で、延びに延びた討入の日取りがいよいよ決定したというので、妙に昂奮《こうふん》して、うきうきしていた。で、何かと小平太に話しかけるのだが相手は上の空で、いっこう手応《てごた》えがない。
「おい水原、最前から貴公は何を考えているんだ?」と、勘平はたまりかねて相手の肩
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