介した。その尾について小平太も、自分が見てきた邸内の様子を落ちなく報告に及んだ。内蔵助は眼を瞑《つぶ》ったまま、じっとそれに聴き入っていたが、やがて相手の言葉が途切れるのを待って、
「ふむ、そう分ってみれば、もはや遅疑《ちぎ》する場合ではないな」と、ぽっつり口を開いた。
「さよう!」と、忠左衛門はすぐにそれに応じた。「六日の茶会《さかい》を外したら、悔《く》いて及ばぬことにもなりましょう。それがすめば、さっそく白金《しろかね》の上杉家の別邸へ引移られるはずだと、たしかな筋から聞き及んでもいますからな」
「それもある」と言ったまま、内蔵助はまたしばらく眼を瞑っていた。が、ふたたび口を開いた時は、持前の低声ではあるが、いつになく底力が籠っていた。「で、いよいよそれと決定すれば、あらためて一同にも通告するが、面々においてもその心得で、それぞれその用意をして待っているように伝えてもらいたい。それにしても、小平太、今日は御苦労であったな。内蔵助からも厚く礼を言うぞ」
「は、ありがとう存じます」と、小平太は畳に手を突いたまま、きゅうに眼の中が熱くなるような気がした。彼としては太夫の前へ出て、自分で
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