太の様子を眺めていたが、年嵩《としかさ》の方が、
「なに小林様? 御家老のお長屋はついその左手のお家がそうだ」と、顋《あご》をしゃくって教えてくれた。
「へえ、ありがとう存じます、まことに相すみませぬ」と、ぴょこぴょこ頭を下げながら、急いでその家のくぐり戸に手を懸けた。
二人の侍も小平太が門をはいるまでじっと後を見送っていたが、仲間体《ちゅうげんてい》ではあるし、状箱は持っている、別に胡乱《うろん》とも思わなかったか、そのまま踵《きびす》を返して行ってしまった。
小平太はくぐり戸を閉めて、始めてほっと胸を撫《な》で下ろした。一歩違いで無事にすんだけれども、考えてみれば、実際危かった。剣呑《けんのん》剣呑《けんのん》! と思いながら、気を取りなおして、すぐ前の玄関にかかった。そして、
「お頼もうします、お頼もうします」と、二度ばかり声を懸けた。
「どうれ!」とどす[#「どす」に傍点]がかった声がして、すぐ隣の玄関脇の部屋から、小倉《こくら》の袴《はかま》を穿《は》いた爺さんが出てきた。
小平太はいきなり二つ三つ頭を下げて、
「私はお茶道珍斎からこの文箱《ふばこ》を持ってまいりました
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