大竹の矢来といったような厳重な設備は、少なくともそのへんには見受けられなかった。
 彼はその間も始終右手の塀に目を着けていた。腰から下が羽目板になって、上に小屋根のついたもので、その中が座敷のお庭先にでもなっているらしい。ところどころ風通しの櫺子窓《れんじまど》もついているが、一つ一つ内側から簾《すだれ》が下げてあるので、中の様子は見られない。爪先立ちをしてみても、植込《うえこみ》の間から母屋の屋根つづきが、それもほん[#「ほん」に傍点]の少々|窺《うかが》われるばかりだ。
 そのうちに、ふと一枚戸の中門が眼にとまった。ぴたりと閉めきってあるので、そのまま行き過ぎようとしたが、念のためだと二三歩後戻りをして、前後を見廻しながら、そっとその扉《と》に手を懸けようとした。とたんに、行手の土蔵の蔭から声高な話声が聞えてきたので、小平太はぎょっとして飛び退《の》いた。見ると、二人連れの侍《さむらい》が何やら話しながら、すぐ目の前へ遣ってくるのだ。彼はすかさず、
「少々物をお訊ね申しますが」と、小腰を屈めながら言った。「小林様のお長屋はどちらでございましょうか」
 二人は立ち留って、じろじろ小平
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