。どうかお取次ぎを願います」と、手に持った状箱を差出した。
 取次の爺さんは黙ってそれを受取って、朱塗りの蓋《ふた》の上に書いた宛名《あてな》の文字をつくづく眺めていたが、「ちょっと待て」と言い捨てたまま、奥へはいった。が、間もなく引返してきて、「すぐ御返事があるそうだから、しばらく待っておれ」と伝えた。そして、自分はすぐに元の部屋へはいってしまった。
 小平太はしばらくそこに立っていたが、だいぶ手間が取れるらしく、奥からは何の沙汰《さた》もない。この間だ! この間にそこらを見廻ってやれとも思ったが、さっきの失敗に懲《こ》りているので、もし自分のいない間に出てこられでもして、申し開きが立たなかったら、それこそ百年目だ! なに、まだ帰途《かえりみち》もあることだと、じっと辛抱《しんぼう》しているうちに、やっと奥で手の鳴る音がした。それを聞くと、例の爺さんはそそくさと襖《ふすま》を明けてはいって行ったが、すぐにまた取って返して、
「待ち遠であったな。この中に御返事が入っているそうだ。よろしくと伝えてくりゃれ」と、小平太の持ってきた状箱を渡した。
「畏承《かしこま》りましてございます。そのほ
前へ 次へ
全127ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森田 草平 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング