きゅうに胸をどきつかせながらも、きっぱり返辞をした。
「くれぐれも仕損じのないようにな」と、安兵衛はなお念を押すように言った。「この場になってしくじったら、それこそ大事去るだ! その心得で遣ってきてもらいたい」
「よく分っております」と、小平太も緊張にやや蒼味を帯びた顔を上げて言った。「万一|見咎《みとが》められるようなことがありましょうとも、一命に懸けて御一同の難儀になるようなことはいたしませぬ」
「その覚悟で行けば、しくじることもあるまい。だが、見破られないうちに、こちらの思う所を見てくるのが肝心《かんじん》だ。くどいようじゃが、その心得でな」
「畏承《かしこま》りました」
 小平太はすぐに身支度をして、例の状箱を受取って立ち上った。何と思ったか、勘平も後から追い縋《すが》るように送ってでて、
「長左衛門どのの言われるとおり、向うの様子がもう少し知れないと、迂濶《うかつ》に手は出せないという頭領始め領袖方《りょうしゅうがた》の御意見だ。しっかり遣ってきてくれ」と、皮肉らしく小声でささやいた。「その代りに、うまく行ったら当夜の一番槍にも優る功名だぞ」
「うむ!」とうなずいたまま、小平
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