りはいっそう惨《みじ》めで、母親は持病の痛風で足腰が立たず、破れた壁に添うて寝かされたまま、娘が茶店の隙間《ひま》をみては、駈け戻って薬餌《やくじ》をすすめたり、大小便の世話までしてくれるのを待っているというありさまであった。あまりの気の毒さに、小平太はその後もちょくちょく見舞いに寄ったが、若い者同志とて、いつしか二人の間に悪縁が結ばれてしまった。小平太にしてみれば、母娘に対する同情から出たとはいえ、大事を抱えた身の末の遂《と》げないことはよく知っている。悔恨と愛慾とは初めから相鬩《あいせめ》いだ。が、女の方では、そんなこととは知らないから、世にも手頼りない身の盲亀《もうき》の浮木に逢った気で、真心籠めて小平太に仕《つか》える。小平太もそうされて嬉しくないことはない。同志に隠れて、使走りの廻道をしては、夕方からこそこそと妙見堂の裏手へはいって行く。夜分どうしても都合の悪い時は、茶店へ顔を見に行く。そういうおり、彼はいつでも上方における大石の廓通《くるわがよ》いのことを想いだして、自分で自分に弁解《いいわけ》をした。もちろん、頭領がしたから自分も遣っていいというのではない。ただ内蔵助が茶
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