り覚悟していた。仇家《きゅうか》に討入る以上、たといその場で討死しないまでも、公儀の大法に触れて、頭領始め一同の死は免《まぬか》れぬということも知らないではなかった。が、一方ではまた、仇討は仇討だ、君父の仇を討ったものが、たとい公儀の大法に背《そむ》けばとて、やみやみ刑死に処せられるはずはない。お上《かみ》でも忠孝の士を殺したら御政道は立つまいというような考えが、心の底にあって、それが存外深く根を張っていたらしい。
「だが、相手には何しろ上杉家という後楯《うしろだて》がある」と、小平太は今さらのように考えずにはいられなかった。「その上杉家はまた紀州家を仲にして将軍家とも御縁つづきになっているのだ。去年三月の片手落ちなお裁《さば》きから見ても、また今度の大学様の手重い御処分から見ても、吉良家に乱入したものをそのまま助けておかれるはずはない。必定《ひつじょう》一党の死は極《きわ》まった!」
彼は頸《うなじ》の上に振上げられた白刃《はくじん》をまざまざと眼に見るような気がした。同じように感ずればこそ、理兵次も垢《はじ》を含んで遁亡《とんぼう》したものに相違ない。といって、自分は今さら命惜し
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