夜吉良邸へ斬《き》りこんだら、それこそ本当に十が十の死だ! 公儀の手に召捕《めしと》られて、お仕置場《しおきば》へ引きだされたら、どんなことがあっても免《のが》れようはない。牛や馬のように、首玉へ縄《なわ》を結《いわ》えつけておいて、むざむざと屠《ほふ》られるのだ。それはあまりに怖ろしい、あまりに人間性を蔑《ないがし》ろにしたものだ。そんな怖ろしい犠牲《ぎせい》を主君は家来に向って要求することのできるものだろうか。家来に扶持《ふち》を与えておけば、その家来からそんな人間性を奪うような犠牲を要求してもいいのか。なに、殿の御馬前に討死せよというのなら、俺は立派に死んでみせる。けれども、けれども、今夜吉良邸へ討入ることだけは、俺にはできない、俺にはどうしてもできない!
「なに、ほかの連中は皆忠義の士と言われたさに、名という餌《えさ》に釣られて、眼を瞑《つぶ》って死の関門へ飛びこもうとしているのだ。眼を瞑って死の関門へ飛びこむことは易い。難かしいのは、それよりも死の関門に到るまでの道程だ。死の関門を正視しながら、眼を開いてその中へ飛びこむだけの用意をすることだ。俺はこれまでそのためにあらゆる苦
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