った。
が、しばらくして、彼はまたむっくり顔を上げた。月は依然《いぜん》として照っていた。が、その月も彼の眼には入らなかった。
「だが、俺はそんなに臆病者かしら?」と、彼はぼんやりあたりを見廻しながら呟いた。「俺はとにかく万死を冒《おか》して吉良邸へ入りこんだこともある。そして、当夜の一番槍にも優る功名ぞと、仲間の者から称美されるほどの手柄も立てた。しいて言えば、今夜の討入も俺の探索のおかげで極ったとも言われないことはない。それほどの手柄を立てた俺が、こんなことになってしまった。一生世間へ顔出しもできない卑怯者になってしまった。なぜだ? なぜだか俺にも分らない!
「いや、分らないことはない」と、彼は自分で自分に反抗するようにつづけた。「俺にはちゃんと分っている。なるほど、吉良邸に入《い》りこむということは、九死に一生の危険を冒したものかもしれない。が、九死に一生でも、一生は一生だ。十が十の死ではない。そこに一つだけは、とにかく、生きられるかもしれないという宛がある。俺はその一つを宛にして吉良邸に入りこんだのだ。あの場合、俺はけっして本当に死ぬ覚悟なぞしてはいなかったのだ。けれども、今
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