ためには、俺はかわいい女房をも殺そうとした。兄に大事を打明けたのも、じつはそのためだ。それでいながら、俺にはまだ死ぬ覚悟がつかない――この期《ご》に及んで、この土壇場《どたんば》に莅《のぞ》んで! 俺はいったいどうしたらいいのだ?」
どうしたらいいかは、彼にももちろん分ろうはずがなかった。彼はまたふらふらと歩きだした。
「ほかの連中は皆命を軽石ほどにも思っていないらしい。俺はどうしたらこの未練らしい執着《しゅうじゃく》の根を絶って、ああいう風になれるのだ?」
そう思いながら、彼はさすがに人通りの罕《ま》れな日本堤の上を歩いていた。後から「ほい、ほいッ!」と威勢のいい懸声をしながら、桐油《とうゆ》をかけた四つ手籠が一丁そばを摺《す》り抜けて行く。吉原の情婦《おんな》にでも逢いに行く嫖客《きゃく》を乗せて行くものらしい。が、彼はそんなことにも気がつかなかった。賑《にぎ》やかな廓《くるわ》の灯《ひ》を横目に見ながら、そのまま暗い土手の上を歩きつづけた。そして、だんだん歩いているうちに、とうとう坂本から上野の山下へ出てしまった。
山下へ出た時は、手も足も寒さに凍《こご》えて千断《ちぎ》れ
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