いおいて別れてきた。それに、あの女と交した約束も果さないで、今さら逢いに行かれるものでない。そうはいうものの、いつもの癖か、足はおのずと柳島の方角へ向いていた。が、気がつくと、弾《はじ》かれるように方向を転じて、わざと向島の土手へ出た。それから渡船《とせん》を待ち合せて、待乳山《まつちやま》の下へ渡った時は、もう日もとっぷりと暮れていた。彼は先を争って上る合客の後から、のっそり船着場を上って行きながら、何のためにこうして雪の降る中を宛もなしに歩いているのか、自分でもよく分らなかった。
「そうだ」と、彼は河岸《かし》の上に立って、真黒な水の面《おもて》を見返りながら考えた。「俺はまだ死ぬ覚悟がついていないのだ! ついていなければこそ、こうして亡者のようにふらふら歩き廻っているのだ。だが、死ぬ覚悟をするために、俺はどれだけ苦しんできたろう? なるほど、俺は命が惜しい! 生れついての卑怯者かもしれない。だが、命が惜しいからといって、俺はまだ一度も命を助かろうとしてもがいた覚えはない。ただどうしたら命が捨てられるか、安んじて死んで行かれるかと、ただそればかりを今日まで力《つと》めてきた。それが
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