の上いかにも神変不思議の生物らしく立っていたと云うことは、彼の顕著な特質であった。(そして、その特質をスクルージは既に麺麭屋の店で気が附いていたのである。)
精霊が真直にスクルージの書記の家へ出掛けて行ったのは、恐らくこの精霊が彼のこの力を見せびらかすことにおいて感ずる快楽のためか、それでなくば彼の持って生れた親切にして慈悲深い、誠実なる性質と、総ての貧しき者に対する同情のためかであった。何となれば、彼は実際出懸けて行った、そして自分の着物に捕《つか》まっているスクルージを一緒に連れて行った。それから戸口の敷居の上でにっこり笑って、彼の松明から例の雫を振り掛けながら、ボブ・クラチット(註、ボブはロバートの愛称である。)の住居を祝福してやろうと立ち止まった。考えても見よ! ボブは一週間に彼自身僅かに十五ボブ(註、一ボブは一シリングの俗称である。)を得るばかりであった。――彼は土曜日毎に自分の名前の僅かに十五枚を手に入れるばかりであった。――而も現在の基督降誕祭の精霊は彼の四間《よま》の家を祝福してくれたのであった。
その時クラチット夫人すなわちクラチットの細君は二度も裏返しをした着物で、粗末ながらにすっかり身繕いをして、しかし廉《やす》くて、六ペンスにしては好く見えるリボンで華やかに飾り立てて出て来た。そして彼女は、これもまたリボンで飾り立てている二番目娘のベリンダ・クラチットに手伝わせて、食卓布をひろげた。一方では、子息のピータア・クラチットが馬鈴薯の鍋の中に肉叉を突込んだ。そして、恐ろしく大きな襯衣《シャツ》(この日の祝儀として、ボブが彼の子息にして嗣子なるピーターに授与したる私有財産)の襟の両端を自分の口中に啣えながら、我ながらいかにも華々しくめかし込んだのに嬉しくなって、流行児の集まる公園に出懸けて自分の下着を見せたくて堪らなかった。さて、二人の一層小さいクラチット達、すなわち男の児と女の児とは、麺麭屋の戸外で鵞鳥の匂いを嗅いだが、それが自分達のだと分ったと云って、きゃあきゃあ叫びながら躍り込んで来た。そして、これ等の小クラチット達はサルビヤだの葱だのと贅沢な考えに耽りながら、食卓の周囲を躍り廻って、ピータア・クラチット君を口を極めて褒めそやした。その間に彼は(襯衣の襟が咽喉を締めそうになっていたが、別段自慢もしないで)のろのろした馬鈴薯が漸く煮えくり返り
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