クリスマス・カロル
A CHRISTMAS CAROL
ディッケンス Dickens
森田草平訳

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)鉄物《かなもの》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)そんな物|打遣《うっちゃ》らかして

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「糸+遂」、24−18]
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   第一章 マアレイの亡霊

 先ず第一に、マアレイは死んだ。それについては少しも疑いがない。彼の埋葬の登録簿には、僧侶も、書記も、葬儀屋も、また喪主も署名した。スクルージがそれに署名した。そして、スクルージの名は、取引所においては、彼の署名しようとするいかなる物に対しても十分有効であった。
 老マアレイは戸の鋲のように死に果てていた。
 注意せよ。私は、私自身の知識からして、戸の鋲に関して特に死に果てたような要素を知っていると云うつもりではない。私一個としては、むしろ柩の鋲を取引における最も死に果てた鉄物《かなもの》と見做したいのであった。けれども、我々の祖先の智慧は直喩にある。そして、私のような汚れた手でそれを掻き紊すべきではない。そんなことをしたら、この国は滅びて仕舞う。だから諸君も、私が語気を強めて、マアレイは戸の鋲の様に死に果てていたと繰り返すのを許して下さいましょう。
 スクルージは彼が死んだことを知っていたか。もちろん知っていた。どうしてそれを知らずにいることが出来よう。スクルージと彼とは何年とも分らない長い歳月の間組合人であった。スクルージは彼が唯一の遺言執行人で、唯一の財産管理人で、唯一の財産譲受人で、唯一の残余受遺者で、唯一の友達で、また唯一の会葬者であった。そして、そのスクルージですら、葬儀の当日卓越した商売人であることを失うほど、それほどこの悲しい事件に際して気落ちしてはいなかった。そして、万に一つの間違いもない取引でその日を荘厳にした。
 マアレイの葬儀のことを云ったので、私は出発点に立ち戻る気になった。マアレイが死んでいたことには、毛頭疑いがない。この事は明瞭に了解して置いて貰わなければならない。そうでないと、これから述べようとしている物語から何の不思議なことも出て来る訳に行かない。あの芝居の始ま
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