ものには、何か特別の香味でも附いていますのですか」と、スクルージは訊ねた。
「あるね。俺自身の香味だよ。」
「それが今日のどんな御馳走にでもよく適《あ》うので御座いますか」と、スクルージは訊ねた。
「親切に出される御馳走なら、どんな御馳走にも適うのじゃ、貧しい御馳走には特に適うんだね。」
「何故貧しい御馳走に特に適うので御座いますか。」
「そう云う御馳走は別けてもそれが入用じゃからね。」
「精霊殿!」と、スクルージは一寸考えた後で云った、「私どもの周囲のいろいろな世界のありとあらゆる存在の中で、(他の物ならとにかく)貴方がこれ等の人々の無邪気な享楽の機会を奪おうとしていられると云うことは、私はどうも不思議でなりませんよ。」
「俺《わし》が?」と、精霊は叫んだ。
「七日目毎に貴方は彼等が御馳走を喫べる便宜を奪っておしまいになるんですよ。彼等がとにかく御馳走を喰べられるのはこの日位なものだと云われているその日にですね」と、スクルージは云った。「そうじゃありませんかい。」
「俺《わし》がだ!」と、精霊は叫んだ。
「貴方は七日目毎にこう云う場所を閉めさせようとしておいでになるのでしょう?」と、スクルージは云った。「だから、同じ事になるんですよ。」
「俺《わし》がそうしようと思ってるんだって?」と、精霊は大きな声で云った。
「間違っていたら御免下さい。ですが、貴方のお名前で、少なくとも貴方のお身内のお名前で、そう云う事をして居りますのです」と、スクルージは云った。
「お前方のこの世の中にはね」と、精霊は答えた、「俺《わし》達を知っているような顔をしながら、情欲、驕慢、悪意、憎悪、嫉妬、頑迷、我利の行いを俺達の名でやっている者があるんだよ。しかもそいつ等は、かつて生きていたことがないように、俺達や、俺達の朋友親戚には一面識もない奴等なんだよ。これはよく記憶《おぼ》えて置いて、彼奴等のしたことについては、彼奴等を責めるようにして、俺達を咎めてもらいたくないものだね。」
 スクルージはそうすると約束した。それから彼等は前と同じように姿を現わさないで、町の郊外へ入り込んで行った。精霊が、その巨大な体躯にも係らず、どんな場所にもらくらくとその身を適応させることが出来たと云うことは、また彼が低い屋根の下でも、どんな高荘な広間ででも振舞うことが可能であったと同じように優雅《しとやか》に、そ
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