ながら、取り出して皮を剥いてくれと、大きな音を立てて鍋の蓋を叩き出すまで、火を吹き熾していた。
「それはそうと、お前達の大切《だいじ》の阿父さんはどうしたんだろうね?」と、クラチット夫人は云った。「それからお前達の弟のちび[#「ちび」に傍点]のティムもだよ! それからマーサも去年の基督降誕祭には約三十分も前に帰って来ていたのにねえ。」
「マーサが来ましたよ、阿母さん!」と云いながら、一人の娘がそこに現われた。
「マーサが来ましたよ、阿母さん!」と、二人の小クラチットどもは叫んだ。「万歳! こんな鵞鳥があるよ、マーサ!」
「まあ、どうしたと云うんだね、マーサや、随分遅かったねえ!」と云いながら、クラチット夫人は幾度も彼女に接吻したり、彼是と世話を焼きたがって、相手のシォールだの帽子だのを代って取って遣ったりした。
「昨夜《ゆうべ》のうちに仕上げなければならない仕事が沢山あったのよ」と、娘は答えた、「そして、今朝はまたお掃除をしなければならなかったのでねえ、阿母さん!」
「ああああ、来たからにはもう何も云うことはないんだよ」と、クラチット夫人は云った。「煖炉の前に腰をお掛けよ。そして、先ずお煖まりな。本当に好かったねえ。」
「いけない、いけない、阿父さんが帰っていらっしゃるところだ」と、どこへでもでしゃばり[#「でしゃばり」に傍点]たがる二人の小さいクラチットどもは呶鳴った。「お隠れよ、マーサ、お隠れよ。」
マーサは云われるままに隠れた。阿父さんの小ボブは襟巻を、総《ふさ》を除いて少くとも三尺はだらりと下げて、時節柄見好いように継ぎを当てたり、ブラシを掛けたりした、擦り切れた服を身に着けていた。そして、ちび[#「ちび」に傍点]のティムを肩車に載せて這入って来た。可哀そうなちび[#「ちび」に傍点]のティムよ、彼は小さな撞木杖を突いて、鉄の枠で両脚を支えていた。
「ええ、マーサはどこに居るのか」と、ボブ・クラチットは四辺《あたり》を見廻しながら叫んだ。
「まだ来ませんよ」と、クラチット夫人は云った。
「まだ来ない!」と、ボブは今まで元気であったのが急に落胆《がっかり》して云った。実際、彼は教会から帰る途すがら、ずっとティムの種馬になって、ぴょんぴょん跳ねながら帰って来たのであった。「基督降誕祭だと云うのにまだ来ないって!」
マーサは、たとい冗談にもせよ、父親が失望してい
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